季節外れの花火と彼女のおっぱい枕。

「わあっ、綺麗な花火!! いったいどこでやってるのかな……」


「……お祭りって時期じゃないしな、正美まさみのほうが地元だから詳しいんじゃないのか?」


 季節外れの花火が上がっていた、少し前から大きな破裂音が聞こえていたが、

 まさか花火とは思わなかった……。


 俺、三枝康一さえぐさこういちはベランダから身を乗り出して、

 立ち並ぶ建物の隙間からもっと良く花火が見えるベストポジションを探していた。


「正美、こっちにこいよ、ここが一番きれいに花火が見えるぞ!!」


 俺が居候いそうろうする亀の湯、その風情ある銭湯の隣に大迫家の住居が建っており、この辺りでは珍しい三階建ての住宅には一階が岩ばあちゃんの部屋、二階がみんなが集うリビング、三階には正美やにゃむ子さん、そして俺の部屋がありシェアルームにはまだまだ空き部屋も残っている。


 岩ばあちゃんの意向で住居の建て替えをした際に追加されたそうだ。


 シェアルームと聞くと素っ気ない部屋を想像するかもしれないが、日本家屋のすぐれた意匠は取り入れており、レトロモダンな内装がお洒落で建物の外観共々、伝統ある亀の湯に良くマッチしていた。

 下町に訪れる観光客にもとても好評だと正美から聞いている。さすがは商売上手な合法ロリばあちゃんだ、伊達に歳は重ねてないな……。


「康一、隣に座ってもいい?」


 ベランダの隅、エアコンの四角い室外機がちょうど良い椅子替わりになる。

 先に腰掛けていた俺の隣を正美が指で差し示した


「ああ、もちろん良いけど……。 そんなことをいちいち聞かなくてもいいぜ」


 他人行儀な態度をいぶかしがりながら正美の座るスペースを確保した。

 狭い室外機の上は二人も座れば一杯だ、肩と肩、自然と身体が密着する。ほんのりと正美の体温まで伝わってくる、同時に俺の鼻腔びくうをくすぐる香りは石鹸の香りなのか!? 同じく風呂上がりの俺と違う香りに感じるのは何故だ。


 ヒュー……ドン!!


 花火の破裂音がまた聞こえてきた、俺たちは光と音の方向を探して立ち並ぶ高層マンションの遠景に見事な花火を捉えることが出来た。


「……きれいな花火」


 感嘆のあまり小声でつぶやく正美の横顔に俺は思わず見惚れてしまった。

 風呂上がりのうっすら上気した頬……。 その輪郭りんかくに大輪の花火が光彩を加えた。


 花火より本当に綺麗なのは……。


 以前、二人っきりで解毒されたときと同じだ、この胸に湧き上がる熱いモノは何だ!? 男の正美にこんな感情を抱いてしまう俺はやっぱり呪いの影響が出ているのだろうか……。


 複雑な感情がない交ぜになってしまう、俺は気持ちを見透かされないよう

 努めて平然を装うが二人の間に妙な沈黙が流れる。


 ……何か言わないと正美にこの想いを気付かれてしまいそうだ。


「お前、石鹸のいい匂いがするな……」


 ヤバい、思わず照れ隠しで心の声が出てしまった。

 ちょっと感想がおっさん臭くなかったか!?


「い、いや、何で同じ風呂の石鹸を使ってんのに、俺と違う匂いなのかとか、なんだか正美が本当の女の子みたく感じちゃってさ……」


 しどろもどろになる俺を見て正美は一瞬、驚いた表情を浮かべた。

 そして顔をほころばせながら予想外の言葉を口にした。


「……何言ってんの、正美はずっと前から女の子だよ!!」


 えっ!? 昔から女の子って俺をからかうために女のふりしているんだろ!!

 悪友の佐藤が特殊メイクで作った嘘のおっぱいじゃなかったのかよ。


「ちょっ、まて、待て!! 嘘のおっぱいだから俺は安心して、男のお前の、

 そう幼馴染みの身体をためらうことなくだな、もてあそんで……」


「ぷっ、あはははっ!! 康一ったら本気にしてやんの、僕が女の子だって……」


 真剣な面持ちから正美が一気に笑い転げた、ああ、また騙されたのか俺は。


「お、お前、ひでえ奴だな、何回驚かせたら気がすむんだよ……。 まったく」


「敵をだますにはまず味方からってね、それに石鹸の香りじゃなくてこれは香水なんだ、女子高生に一番人気だよっ!! って、にゃむ子さんから教えて貰ったの、女子高に潜入するんだから怪しまれないために香水も必須なんだって……」


 えっ、必須ということは俺も香水つけなきゃいけないのか……!?


 にゃむ子さんの不敵な微笑みが俺の脳裏に浮かんでは消える。


 ……もともと俺の体臭はそんなにキツくないと思うけど、まあ男バレするよりマシなのか?


 にゃむ子さんはどこまで完璧な女子高生に仕上げるつもりなんだ。

 絶対に楽しんでるぞ、俺たちをリアルな着せ替え人形とか思っていないか!?


 そういえば先ほども自分の部屋で下着コレクションを吟味ぎんみしていたな。まさみんと康恵ちゃんにもっと可愛い下着を選んであげるから♡ って。

 にゃむ子さんが勝手に暴走(妄想!?)しないように妹のりっつ子さんが今後も見張ってくれているからまあ安心ではあるけど。


 「お前、まためすの顔になってんぞ!? 気を付けないと潜入調査が終わっても女装癖が抜けなくなってノーマルな男に戻れなくても俺は知らねーぞ!!」


 先程やり込められた悔しさにわざと正美に意地悪な態度を取ってしまう。


「もし僕が女の子のままだったら康一は嫌いになっちゃう?」


 正美はからかう素振りから一変して不安げなまなざしで俺を見上げた。 

 一瞬、正美の言葉に既視感デジャブを感じ、また脳がバグったのかと俺は動揺した。

 前にも同じ言葉を言われたことがあったはずだ、慌てて過去の記憶を辿さかのぼる。


 俺はループ物の主人公になった気分だった、何回も同じことの繰り返しで強くなったり過去を変えたりとかラノベでもさんざん使い古された設定だが、もしも過去に戻れるとしたら俺はあのころに戻りたい、そして正美にした仕打ちを取り消しに出来たらどんなに良いだろうか……。



 *******



『僕の名前の意味、康一にだけ教えてあげよっか……』


 あの夏の日、正美が何と言っていたかは何故か記憶にない。

 お前を傷つけてしまったことだけは鮮明に覚えてる。


 俺の幼馴染み、そして一番の親友、大迫正美を……。


 固い鎖を掛けて封印していたパンドラの箱が開いてしまった。

 俺の中で負の連鎖みたいに、記憶の澱が浮かんでは消える。 

 子供だけで目指した上流の場所、そこで出会った少女、神隠しの樹。


『……気持ち悪いんだよ、お前』


 投げかけた言葉の鋭さが、取り返しがつかないことを、

 僕はまだ理解出来ないほど子供ガキだった。



 *******



 花火の音が俺を現実に引き戻してくれた、もうフィナーレが近いのだろう。

 立て続けに美麗な花火が夜空を彩る、並びの家でもベランダから一緒に季節外れの花火を鑑賞している、そんな何気ない平和な風景。


 女の子の恰好をした正美は妙にはしゃいで見えたんだ。

  まるで花火の終わる寂しさを少しでも紛らわすように……。


「康一、どうしたの、急に黙り込んで……。 あっ、分かった、またいやらしいことを考えてたんでしょ、おっぱいとか、にゃむ子さん姉妹のこととか……」


 普段の俺をよく理解してくれてるな、おっぱいのことは考えていなかったがそれは言わないでおこう、お前に無用な心配は掛けたくない。

 今は自分に出来ることだけ取り組もう、その先にきっと答えはあるはずだ。

 聖胸女子高等学校、そこにも俺の助けを必要としてくれる人がいる。その人たちの笑顔を曇らさないように努力しよう。


 ……正美、あのころのお前みたいに悲しい表情かおはさせたくないんだ。


「……俺はおっぱいのことばかり考えてるよな、正美は呆れたりしないのか?」


 俺は努めて明るい声を出した、自分の気持ちを悟られまいとして。


「う~~ん、そうだなあ、おっぱいにい対するエネルギーをもっと勉強やスポーツ、もしくは趣味の分野、他に注いだらもっと凄いことになって大成功しそうだけど、僕は今のままがの康一が好きかな……。 おっぱいに情熱を注ぐ康一の姿を隣で見ていたいんだ」


「……正美、お前」


「だって本気を出していない今でも女の子のファンが多いんだよ、これ以上ライバルが増えたら僕の居場所がなくなっちゃう……」


 昔から俺の背中に隠れて女の子みたいにすぐ泣いていた正美、甘えん坊の幼馴染み。本当は逆だ、いつもその笑顔に助けられていたのは俺のほうだった……。


「それに僕がお目付役にならないと康一はすぐ暴走しちゃうでしょ、亀の湯の誰かさんと一緒で……」


 それは爆乳の誰かさん姉妹のことだな、確かにそうだ。


「康一がどこまでおっぱいソムリエを極められるか、特等席で観戦させてよ!!」


「ああ、でも俺様の年間パスポートは入手困難のプラチナチケットだぜ……」


「えっ、そのチケットはどうやったら買えるの!?」


「……そうだな、お前の偽おっぱいで胸まくらしてくれたら考えてもいいぜ」


「う、ううん、分かったよ、いますぐここで払うから!!」


 冗談を間に受けていきなり正美が俺に抱きついてきた。

 突然の行動に逃げる間もなく、正美の胸に顔を埋めてしまう……。


「うわっ!? 正美、お前はいきなり何をやってんだ、冗談に決まってんだろ、離せ、馬鹿!!」


「うふふっ、康一、焦りまくってるね、いいんだよプラチナチケットなんて要らないし、疲れただろうから今日は僕の胸まくらで休んでいいよ」


 正美のおっぱいの感触は何故か懐かしい感覚だった、いつもの俺だったらすぐに拒否したはずだ、だけどその夜は自然と素直になれた。


「……康一、絶対に約束してくれる、僕を一人にしないで」


 優しく髪を撫でてくれる正美の細い指先が心地よい。

 俺はその答えを告げる前にいつしか正美の胸で眠りに包まれてしまった……。



 次回に続く。

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