第22話

「んん……わっ! さ、佐藤さん!」


 佐野さんの大きな声で目が覚める。


 目を開けると成人がゆったりと吸われるくらいの幅のソファに二人でギチギチに詰めて寝ていたようだ。


 佐野さんが背もたれ側にいたので俺は体の半分がソファからはみ出ている。よくこれで落ちなかったな、俺。


 テーブルは綺麗に片付いている。寝る前に佐野さん二人で最低限の掃除をしていたのだった。グッジョブ寝る前の俺達。起きたあとの俺達は幸せな気分だ。


「ん……おはようございます」


「あ……は、はい! おはようございます!」


 佐野さんは体を起こすと顔を真っ赤にして俺から離れる。


「ど……どうしたんですか?」


「あー……あはは……何か昨日はお恥ずかしいところをお見せしちゃったなぁ……と」


 佐野さんは寝癖で重力に反して持ち上がっている髪の毛をどうにかして落ち着けようと奮闘しながらそう言う。


 お恥ずかしいところってどれのことだろう。イキリフランベ? 住所の位置情報? 銀行口座番号と暗証番号? 心当たりがありすぎて何を恥ずかしがっているのか皆目見当がつかない。


「どれですか? 住所も暗証番号もあやふやにしか覚えてないので気にしないでくださいね」


「えっ!? そ、そんなことまで言ってたんですか!?」


 それは記憶にない、と。


 なら俺と柏原さんが忘れればいい話だ。


「あ……柏原さん、起きてますかね」


「そういえば……どこで寝てるんですか?」


「多分俺の部屋かと……」


 佐野さんと二人で立ち上がり、俺の寝室へ向かう。


 昨晩の感じからして、いなくなったりしていないだろうか。綺麗にベッドメイキングを済ませ、早朝のうちにこっそりと出ていったりしていないだろうか。


 そんなことを考えながら扉を開ける。


「ぐおー……がー……」


 柏原さんは着の身着のまま俺のベッドでいびきをかいて寝ていた。俺の杞憂だったらしい。


 まぁでも柏原さんは図太い人だし、そんな簡単にいなくなったりはしないだろう、と思い直すとフッと笑えてきた。


「カッシーさん、まだ寝かせておきますか?」


 佐野さんは柏原さんの豪快な寝相を見て苦笑しながら聞いてくる。


「一応起こしましょうか……」


 猛獣の眠るベッドに近づき、柏原さんを揺らす。


「柏原さーん! 朝ですよー!」


「あー……グッモーニン」


 一瞬だけ目を開けた柏原さんはそのまま寝返りをうって壁と向き合う。


「まだ寝てますか? そろそろお昼ですけど」


「もう昼なのか!? やべぇ!」


 柏原さんはベッドから飛び降りてそのまま寝室の出口へ向かう。


 扉のところから寝癖でほぼ見えない顔を覗かせると「優一、佐野ちゃん、またな!」と言って家中に足音を響かせて出ていってしまった。


「賑やかな人ですね……」


「まぁ……いつもあぁですから」


「普段からここにお泊りしてたんですか?」


 佐野さんのジト目が怖い。


「えっ!? いやいや! たまにですから!」


「そういえばカッシーさん、部屋の合鍵持ってるんですか? すーっと入ってきましたよね」


「勝手に作られちゃったんですよ」


 佐野さんはそれを聞くと何かを思いついたように両手をパンと叩き、トテトテとリビングの方へ摺り足で走っていく。


 慌てて追いかけると佐野さんはリビングにある鍵置きのカゴから部屋の鍵を取り出して持っていた。


「佐藤さん! 合鍵を作りに行きましょう!」


「鍵が今3本あって余ってるんで一本持っていって良いですよ。わざわざ作らなくても」


 佐野さんは目を大きく開いて驚く。


「いっ……いいんですか!?」


「良いですよ。けど要らなくないですか? 隣に――」


 隣に自分の部屋があるのだし。いや、そこはエアコンが壊れていて人が住むには寒すぎるのだった。


「佐野さん、そういえばエアコンって業者に連絡しました?」


「へっ!? あー……め、面倒で……もうそろそろ年末ですし……私ってすぐにいなくなるので……」


 この人、不意にすごくダメな人って感じがしてしまう。


「もしかして……合鍵を欲しがってるのはここに住み着くためだったりしませんよね?」


「そっ……そんなわけないじゃないですかぁ……あはっ……あははは……さ、さーて……私はシャワーを浴びてきますね」


 佐野さんはそう言ってリビングから繫がる風呂場の方へ向かう。


「そこ、うちの風呂場ですよ」


「一緒に入ります?」


「入りませんよ」


 気を許すとこの部屋に無限に居着かれてしまう気がしたので語気を強めて断る。


「そうですか……じゃあ、また一時間くらいしたら戻ってきますね!」


「あ……はい。分かりました」


 今日も一緒に行動することになるらしい。


 佐野さんは笑顔で鍵を一本取るとその鍵を俺に向けて右にひねる。


「ロック、しておきますね」


「うちの玄関はそっちで開くタイプですよ」


「わわっ! じゃあこっちで……ロック、です!」


 佐野さんは今度は左に手首を捻る。


「なんですかそれ……」


「ロックですよ!」


 下手くそなエアギターをしながら佐野さんは自分の部屋に戻るためにリビングの出入り口の扉を開ける。


 そこで、何かを思い出したように勢いよく振り向いて俺に笑いかけてきた。


「佐藤さん! 昨日の約束覚えてますか?」


「約束?」


「今日何をするか、です」


「俺を……ダメ人間にする?」


「正解です! 戻ってきたら今日は佐藤さんを徹底的にダメにしてあげますから! 覚悟しててくださいね!」


「もしかして……昼から酒ですか?」


 佐野さんはむぅと頬を膨らませて首を横に振る。どうやら違うらしい。


「違いますよぉ! なーんか……私と言えばお酒、みたいになってません?」


「えっ……あー……ど、どうでしょうね……」


 考えを見透かされて慌てていると佐野さんはフッと笑う。


「ふふっ。お酒より好きな……好きなー……あー……アレを見つけたんですよ。楽しみにしててくださいね!」


「あ……は、はい」


 一体何をされてしまうんだろうか。


 お酒より好きなアレ……全く想像が出来ず、佐野さんが部屋を出て行ってからもしばらく考え込んでしまうのだった。

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