寝ている僕は寝ている誰かの身体で今日も誰かの命を救う

影神

投函



30歳。ニート。


天井にぶら下がったままの、


お手製の輪っかに首を通す勇気も無く。



「お前なんか、死んじまええ!!!


働きもしねーで、てめーは1日中!


何、やってんだこの馬鹿たれが!!



早く死ね!!!」



言い返す言葉もない。



学校には、ろくにも行かず。


定職に就く訳も無く、、



成人してからも、ずっと。



こうして親の脛を齧って、


醜態を晒す日々を続けた。



静まり返った家。


足音を立てない様にゆっくりと歩く。



久しぶりに出た外では俺と同じ、人間が居た。


同じ男は、俺よりも歳下ぐらいだろうか、、



その男は、女性と幸せそうに、、



手を繋いでいた。



「死ね、、」


口から出た白いモヤは。


儚くも。暗い闇夜に消えて行った。



「はぁあっ、、」



一生懸命。生きてきた。


自分なりに、1日1日を。



だが。。


その歩みは間違っていた。



俺は、世の中で"普通"と呼ばれる。


普通の事が出来なかったのだ、、



やりたい事も。


将来の夢も希望も。。



ただ、ダラダラと毎日を過ごし。


明るい昼間の時間が過ぎ去るのを待った。



廊下に置かれた飯だけを楽しみにし。


父さんからの罵声を浴びた日にはこうして。

 

家から出て行った。



行く宛何て無い。


胸を張って帰れる家な訳でもない。



走り過ぎる車。


頭に響く端的なリズム。



カンカンカンカンカンカン、、



一歩。


その一歩を踏み出す事も出来ず。



上がった遮断機を見上げる。


こうして、結果。


また、見慣れた玄関の前に立つ。



ただ俺は、頃合いを見計らって。


普通に家へと帰っただけ。



「、、お帰りなさいっ。


寒かったでしょ??」



静まり返ったはずの廊下に。


温かい言葉が響く。


「、、、。」



どうしようもない俺は。


その温かい言葉に返事すらも出来ない。



毎日毎日。


当たり前の様に。


俺の部屋の前に。


当たり前の様に置かれた食事、、



「うっ、、



ごめんっ、、


ごめんよっ、母さん、、」



鼻水と涙でぐちゃぐちゃになりながら。


俺はだらしない身体には不必要な栄養を取る。



「俺なんか、、死んじゃえば良いのに、、」



視界に入る紐に、ただ頭を通すだけ。



ただそれだけの簡単な行為すらも、俺には出来なかった。



眠くない身体を、ぺちゃんこになった布団へと預ける。



『現実逃避』



目の前の現実から。思考を反らす。


このまま、目が覚めなければ、、



キキキキィイ!!


「危ないっ!!!」


目の前で、小さな女の子が車に引かれた。



ドンッ。


と鈍い音を立てて、整備された道路には、


真っ赤な液体が、じわじわと広がった。



「○○○!!」



女の子の名前だろうか。


男性が、女の子を抱き抱える。


男性「○○○!!!」


野次馬が携帯で写真を撮っている。



「頭が。イカれてんのか???」


ふつふつと沸き上がる怒りの中で。


野次馬の中のひとりの女性と、目が合う。



「ほう、、


お前。


私が見えているのか??」



頭の中に響く様な声。



声の主は俺と目が合っている、


目の前の女性、、なのだろうか。


女性「まだ完璧じゃない様だな。。



どれ、催促してみるか。」



眩い光と共に。


俺は目が覚めた。



カーテンの隙間から射し込んだ太陽。


俺の居ない間に。


母さんが部屋を片付けたのだろう、、



「30にもなって。。


母親に片付けして貰ってるとか、、」



久しぶりに夢を見た。


夢に出てきたあの光景は、、



あの女性は、、



使う事も無い息子を。


自分で慰める。



「はあっ、、」



一瞬の快楽と、現実を突き付ける様な脱力感。



そして俺はまた布団を掛ける。


まだ、寝れる、、



ぼーっとする頭。



ゆっくりと目を閉じる。



「あれっ。。



何処だ、、ここは。。」



見なれない部屋。



「お母さん。


寒いから温かい格好してね??」


肩に掛けられたブランケット。


視線の先には女の人が居た。


女の人「テーブルの上の封筒。


ポストに入れといてね??


ガスの元栓は閉まってるから。


なるべく、早く帰って来るからね??



行ってきます!!」


ガラガラガラ、、



テーブルの上にへと視線を向ける。


置いてあった鏡に映る自分の姿は、


しわしわのおばあちゃんだった。



「えぇえええええ!!!!」


グギッ、


歪な音を立てて、腰に痛みを覚えた。


「イタタタタッ、、」



どういう訳か。


俺は性別も変わり。


年齢も変わっていた。



まるで昔のテレビで見ていたドラマかの様に。



「テレビ何て、もうだいぶ見てないな。」



頭の片隅でさっきの女の子の映像が過る。


「可哀想だったな、、」



女性「そう、思うなら。



お前が変えれば良いじゃないか。」


「えっ。。」



目の前に現れた女性。


それは、夢に居た女性だった。



、、いつの間に。



当たり前の様に、女性はせんべいをかじり。


ボリボリ、


湯気の上がる温かいお茶を飲んでいた。


女性「あちっ、、」



どうして。。


「どう、やって、、?」


女性「んぅんっ。



お前は、そのテーブルの上の封筒を。


元の身体の持ち主がやるのと同じ様に。


ポストへと入れに行けば良い。



"ただそれだけの事だ"



「、、それだけ。?」


女性「そうだ?


だが、お前には。



それだけの事。が。



難しいのではないのか?


お前に。


こなせるのか??」



俺は頭にきた。


「舐めんじゃねえよ!!


ポストにくらい入れられるわ!!!」


グギッ、、



俺は痛みと共に。


テーブルの上の封筒を手に取り、


玄関へと向かった。


が。


一歩、歩く事が難しい。



女性「分かっているとは思うが。


その身体は一時的に。


お前が主に"借りている"モノだ。



だから、大事に。


扱えよ??


"くれぐれも"傷付ける様な事を、するなよ??」


「分かってるよ!!」



女性「玄関に置いてある羽織と。


ステッキを忘れずになあ??



それと。何か分からなかったら。


"親切な人"に、聞くんだぞ??」



大きなキーホルダーに付いた鍵で、玄関の鍵を締める。



この身体は、歩きづらい、、


どうやったらポストに封筒を入れるだけで、


あの夢の女の子を救えるんだよ、、


「ってか、、ポスト何処だよ。」



とりあえず何と無く歩いてみた。


何故かポストがこっちにある気がしたから、、 



「はあっ、、。」


後ろを振り返っても。全然進んでない。 



視界は永遠と続く、同じ様な地面。


前を向くと、少し腰が痛む。



たまに前方の状況を確認しながら。


足元に注意して歩く。


直ぐ近くを、車がスピードを出して通る。



怖、、


「ってか、危ねえなぁ。。」


見る世界。いや、見えている世界が違った。


知らない場所。知らない誰かの身体。


俺は、何をしているんだ。。



キキィ、


「おばあさん?


何処かへ行くんですか??」


前を向くと、警察が居た。



女性「それと。何か分からなかったら。


"親切な人"に、聞くんだぞ??」



親切な人ってのは、これ、か??


「すいません、ポストを探してまして。」


警察「そうだったんですね。


ポストならもう少し進むと、ありますよ。


私も。ちょうどその方向なので、


よろしければ、ご一緒しても良いですか?」


「ぁあ、、


ええ。。」


女性が言ってた親切な人ってのは、


警察の事だったのか。。



何も悪い事をしていないのに。


何だか心臓はバクバクとした。



いや、、歩き過ぎたのか??



いつもなら当たり前の様に。思った通りに歩ける。


だけど。


今は自分の思っている通りにすら。歩く事が、難しい。



警察「おばあさん。


ゆっくり、で良いですからね??」


「ありがとう、ござい、ます。」



ありがた迷惑。



いや、俺がひねくれているだけか。


今時。珍しいだろう、、


公務員で、親切で。。


こんな人に、会った事は無かった。



その後も警察はゆっくりと。


俺。(おばあさん)と一緒に。


ポストの前まで歩いてくれた。



警察「何か焦らせちゃったみたいで、、


かえって、すいませんでした。。」


「いえいえ。親切に、


ありがとうございました。」  


警察「でわ。


帰り道もお気をつけて、」


「はい。


どうも、。」



長過ぎる様で短く、骨の折れる様な道を。


親切な警察のお陰で、安心して歩けた。



帰りは危なっかしくも。


ゆっくりと帰った。



ガチャガチャッ、。



「ただいまっ。。」


そこは、気持ちの落ち着く。


知らない家だった。



































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