第15話 助けて下さいと言え……!

 アルタニア王国は私達聖ナルタヤ王国を含む、エストバル地域の中心に位置する。南北を隔てるようそびえるカラクーム山脈に存在し、西にエストマ三国、東に中継地ラウルがある。

 これら一帯をエストバル地方と言い、ルナリア大陸の中間地点の名称にあたる。

 エストバルにおいて、東西の流通路であったアルタニアは今、勇者によって新たな時代を迎えようとしていた。


 目の前に玉座がある。昨日処刑されたアルタニア王が鎮座していた玉座は今、不吉の象徴のようポツリと存在している。


「私、まだアルタニアの新国王じゃないわ」

「そうだね、じゃあ執務室に行こう。勇者もいると思うよ」


 レイモンはそう言って、王家の間がある一階から一つ上へと私を誘う。冴えない表情のクロウも同道し私達は執務室へと足を運ぶ。


 主のいなくなった執務室は寂しげで、殺風景なほど物がない。必要最低限の備品はあるけれど、書類や調度品が見当たらない。絵画の一つも飾っていないのはどういうことだろう。

 元の国王、彼は質素倹約にでも努めていたのだろうか。


 ため息一つ、それでも私は部屋へと入り、執務用の大きな机と向かい合う。豪華な物と言えば執務机用に設えられた椅子と当の机だけで、なんともチグハグだ。

 改めて周囲を見回し、何かおかしいと思ったらカーテンがない。気づいたレイモンがクロウに話しかけた。


「クロウ、カーテンがない」

「ですね。全部持ってかれちまったんでしょう」


 ああと私は得心した。統治者が変わるということは、こういうことなのだろう。しかし問題はそこではない。


「カーテンがいるんだ。用意してくれ」

「王子、俺はシスティーナ殿下の侍従です」

「姉様にカーテンは必要ないと?」


 まさか、と首を傾げクロウは執務室を出て行った。城の内情には詳しいだろうから、すぐに見つけてくるだろう。


 入れ替わるよう勇者が執務室へと入ってきた。ノックの一つもせず。


「んん、ご立派ご立派」


 朝の挨拶もなく本音か嫌みか、勇者はソファに腰掛けながら軽口を叩く。恐らく半分は本音だろう。


「カーテンの一つもないのに立派も何もないわ」

「すぐ用意するさ。しばらくは我慢してくれ」


 勇者はそれから「水がないな」と呟き、続けて「不便だ」と愚痴っている。

「人も物も金も仕組みも用意する」と言った人間の言葉とは思えない。


「勇者さん、今後の予定を聞かせていただけますか」

「ああそうだった」


 レイモンと勇者が先走りそうなところで割って入る。


「待ちなさい。先にすませておきたいことがあるわ」


 その言葉に勇者は怪訝な目を向けてきた。レイモンといえば素知らぬ振りをしている。


「なんだ」

「あなたの言い分はよく理解したわ」

「ああ、水がないと不便だ」

「違う、新生アルタニアは私達が責任を持つという話よ」

「そっちか。よろしく頼むよ」


 なんと軽い。クロウの軽さは生き方や身分から来るものだが、こいつの軽さはどこから来るのだろう。


「アルタニアを新生しないと私達は負ける。あなたそう言ったわよね」

「言った。信じたから来てくれたんじゃないのか」

「手紙にはそんなこと記されていませんでした」

「そうだったか。でもまあ書いたところで真に受けないだろう」

「そうでしょう。でもレイモンは信じたわ。あなたの思考を読み取るように」

「王子は色々とお調べなさったようで。さすがはナルタヤの王族。七番目なんて酷い話だ。一番先に生まれるべきだった」


 勇者はレイモンを一瞥し肩を竦めて見せた。これは本音か。けれど第一王子に生まれていたら、兄ということになるのでそれは許されない。


「レイモンは納得したわ。けれど私に対しての説明が足りないのではなくて?」

「姉弟仲がいいんだろ。二人で納得してくれりゃ俺はそれでいいんだよ」

「そうはいきません」


 ぴしゃり言い放つと、勇者は露骨に顔をしかめた。なんとも面倒そうだ。だが逃がさない。


「要するに、あなた言葉が足りてないわ。誠意も、足りていない」

「用意はしてある。言ったろ、人も金も物もーー」

「仕組みも用意してやる」

「そうだ。なんの問題がある」

「人としてそれはどうなの?」

「王族に敬意を払えと、そう言いたいわけか」


 勇者の言葉に険が含まれる。違う、こいつ分かってない。


「人ととして、です」

「何しろって言うんだ。女中か、それとも男でも用意しろってか。この切羽詰まった状況でまあ」

「違います。なぜあなたは、お願いしますが言えないの」


 しばし執務室に沈黙が流れた。レイモンは窓から外を眺め、勇者は目を細めこちらを凝視している。

 沈黙を破ったのはその勇者だった。


「おかしくないか?」

「何が」

「王族の勤めなんだから、やれよ」


 そう来たか。王族は国民、延いては人類全体における責任者である。言いたいのはこんな具合だろう。

 だが断る。


「私はあなたと一個の個人として接しています」

「なんでもいいぜ。そこらの個人ではないと思うが」

「あなたがそう言うなら、私も違うわよね」

「そうなるね。何が言いたいさっきから」


 察しの悪い……思わずため息が出る。今日だけで二度目だ。レイモンが口を挟もうとしたのを制し、


「助けて下さいシスティーナ殿下と言いなさい」


 豪奢な執務机を挟み私は文字通り横柄に、それでいて鷹揚に振る舞う。


「私には聖ナルタヤ、延いてはエストバル地域全体、いえ人類、そう世界の調和を保つ役割が課されています。王族ですから」


 こんなこと今も思っていない。思ってもいないことを吐き出すのも王族の処世術、いえお仕事。


「なのに誰も私に礼を尽くさない」

「王子、礼ぐらい尽くせよ。姉が拗ねてるぞ」


 呆れたのか勇者が混ぜっ返す。

 結構当たってるかもしれないけど、断じて拗ねてなどいない。


「ナルタヤの勇者がナルタヤの王女に礼を尽くさないで、誰が礼を示すのです」

「五番目だろう」

「順番は関係ありません。というか、だったら姉でも兄でもいいじゃない。私を指名したのはあなたよ、勇者」


 これは大切なところだ。上に兄が六人。姉は四人いる。王国は他にもあり、それでも勇者は私を選んだ。なぜ?

 強い視線を向けると、


「なるほど、人民を代表し礼を尽くすのも勇者の役目と言いたいわけか」


 大体合ってる。余裕を持って頷くと、


「でもお前、勇者任命式にも出立の式典にも参加してねーじゃねーか」


 ……お前呼ばわりっ! いやしかし事実! 確かに私は出席していない。意外と根に持つな、こいつ。

 しかしこちらにも言い分はある。


「私は王族。忙しかった」

「何してたんだよ」

「華道と茶道」

「どこのお貴族令嬢だよ」

「聖ナルタヤの王族王女よ」

「なんで花と茶より俺の優先順位が低いんだ」


 こんなことになると知っていたら、喜んで参列してた。そして私とレイモンを絶対に巻き込むなと言っていた!

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