第11話 第七王子の溢れる欲望2

「それよりも転生者だ。魔王はいずれやるとして、転生者が手強すぎる」

「そいつどこから来たんです?」

「ニホンとかいう場所から来たらしい」


 間抜けな名前だ。ロクな国ではなかろう。


「それは国ですか?」

「ああ。そいつが死んだ時は世界第三位の経済大国で島国らしい。とはいえ斜陽、先々の見通しは難しいんだそうだ」

「先はともかく大したものじゃないですか」

「経済力と技術力が売りらしい。歴史的に見ても孤立した大国って変わり種らしいぜ」

「珍しい国なんですね」


 ……内容は理解出来る。でもなんでそれを知っているの。


「転生者自身はどんな野郎なんです。いや女性かな?」

「なあそれどうしても知りたいのか。俺は新しい魔術を試したいんだが」

「新しい黒魔術ですか?」

「普通の魔術だ」

「それを黒魔術と言うんです」

「んなこと言ってるから勝てないんだよ。というか教会の連中は使ってるぜ」

「まあそんなことだろうとは思ってました」


 二人共今なんて……。


「回復や守護は精霊魔法ですよね。精霊は古代魔法の一種、明らかに異端です。教会が禁じている過去の神々の力だ」

「まあな。独占したいのは分かるが俺には関係ない。詐欺師呼ばわりされた挙げ句、言いがかりまでしてきやがった」

「ご立腹ですね」

「奴らは八つ裂きだ。もう決めてる」


 なんて恐ろしい。聖職者に害を加えるなんてきっと口だけに決まっている。


「今は手を出さない方がいいのでは?」


 そうよレイモン、常識を説きなさい。


「今はな。いずれだ」


 もうこいつの地獄落ちは決定だ。煉獄でその身焼かれるといい。


「お前魔法使えるのか」


 勇者の発する声のトーンが変わった。レイモンが魔法? 王家に伝わる聖魔法なら使えるかもしれないけど。私そんな話聞いたことない。


「少しだけ」

「だから抵抗がないんだな」

「そうですね」

「なんで転生者にこだわる」

「勇者さんもこだわってますよ」

「強敵だからな」

「殺すんですか」

「用がすんだらそうなる」

「それは困る」


 レイモンの口調まで変化した。ダメよ、こいつを怒らせてはいけない。今はまだ、大人しいふりをしていないと。

 思わず飛び出しそうになった私の耳に、


「姉さんは誰にも渡さない……」


 聞いたこともないレイモンの声色が届いた。


「うん? 話が見えん。転生者とお前の姉となんの関係がある」

「姉さんは僕のものだからだ」

「……姉弟愛が深いのは結構だが、何が言いたい」


 勇者も話が見えないらしい。私も戸惑っている。どうしたのレイモン。


「あなたは姉さんのことどう思う」


 唐突に私の話になった。盗み聞きしているようでむず痒い。私はただレイモンが心配なだけなのに。


「印象か?」

「印象でもいいです。どう思ったか、どう思うかを聞かせて下さい」

「あー王族らしくねえな。強がっちゃいるが堂に入ってない」

「それはそうでしょう。姉さんは第五王女、僕は第七王子。二人共威厳なんて縁がなかった」

「優雅には振る舞えんか」

「姉さんは出来るさ。姉さんはあでやかでつややかだ」

「同じに聞こえるが……」

「そういう意味ですよ」


 あでやかだなんて……レイモンったら。恥ずかしいじゃない。でもつややかさは私にはないと思う。


「姉さんは僕のものだ」

「聞き飽きたよ。お前のもんだ好きにしろ」


 あの勇者が呆れている。冷笑主義者だと思っていたけれど、レイモンの思いを受け止める度量はあるらしい。


「その為に転生者が使えないかと確認しているんです」

「おーんお前そこまで知ってたのか」


 どういうこと……レイモンは何を言っているの? 二人共何を話しているの?


「確かに転生者の知識は深い。生物学的問題も解決してくれるかもしれない。しかし社会学的アプローチでは満足出来んか」

「全く。姉さんは僕ものだ」

「神学にまでいきそうだな。そこまでこだわるとはお前さんも業が深い」

「なんとでも言えばいい。姉さんは僕の全てだ」


 レイモン……私のレイ、私達は思い合っていたのね。知っていたわ。あなたは私の全て。私はあなたの全て。思いがこんなにも通じ合っていたなんて。

 私は今幸福に満ち溢れている。

 大嫌いな兄や姉ですら許してしまいそうだ。

 これが愛、そういうことなのね。


「姉さんを独り占めしたいという僕の気持ちを、分かってくれとは言いません」

「いんや別に。独占欲大いに結構。見方を変えれば俺も魔王と転生者に恋してる」

「そんな生易しいものじゃない」


 レイ……私を独占したいなんて本当に子供。ずっと一緒にいてあげないと、寂しがるわね。これじゃお嫁にいけないわ。

 考えるとつい笑ってしまいそうになる。


「姉さんは誰にも渡さない」

「しつこいな」

「まだ伝わっていないように思えて」


 レイモンの声は真剣味が強すぎる。カチャりと音を立てたところ、屈んでいた勇者が立ち上がったのだろう。


「何が望みだ」

「叶えてくれますか」

「約束は出来ない。俺は転生者じゃない」

「捕らえればいい。その為ならなんだってしましょう」

「具体的に言えよ。口に出してみろ。お前さん溜め込み過ぎだ」


 勇者の言動は大人が子供をなだめるのとは違う。大人が若者に説くような色を帯びている。


「姉さんの全てが欲しい」

「そうだろう、ずっとそう言ってる」

「姉さんの愛が欲しい」

「そうだな。俺にはその想い通じているように思えるが」

「姉さんの身体が欲しい」

「素直でよろしい」


 身体……。


「姉さんに触れたい」

「姉弟なんだ好きに抱き合え」


 レイモンの声には聞いたこともない熱が含まれている。


「姉さんの子宮が欲しい」

「取り出すわけじゃないよな」

「誰かに取られるぐらいなら」

「それは手伝えない」

「姉さんの、子供が欲しい」


 ……レイあなたそれって……。


「僕は他の誰かになんてなりたくない。この僕が姉さんを手に入れる。あなたが勝利を欲するのと同じよう、戦いを欲するよう僕は姉さんが欲しいんだ! 何もかも全て!」


 レイモンの想いが、猛りが暴発している。

 でもそんなの、そんなのあってはならない。

 私達は血の繋がった姉弟なのよ。

 レイに性的な目で、愛でられるなんて思いもよらなかった。


「なるほどねえ」

「……僕は自分を恥じない。たった一度きりの人生なんだ。あなたみたいに好きに生きてみせる」

「応援しよう」


 勇者は一際優しく語りかけた。


「何にも縛られず生きてみろ」

「そうしてみせます」

「ただし負担はでかいぞ。やれるな」

「なんだってやるし、誰だって殺れるさ」


 これでレイモンは勇者を味方につけた。

 覚悟のほども示した。

 私にそんな覚悟なんてない。想いだって大切な弟へのもの。なのにあなたの愛はそれを越えている。


 息を殺すよう、音を立てぬよう私は踵を返していた。

 早く地上に戻らなければ、窒息しそうな恐怖を抱きながら。

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