偽卵

@9zth7DcB

第1話

幼かった頃から現在まで「私」の目に映る世界はすりガラスの向こうに広がっているように曖昧だ。輪郭も色も正確ではなく、二重三重にぼやけて見える。


小学校に上がる前、病気になるたびに母に連れられて小児科へ行った。


田舎町だったが、小さな古い個人病院の待合室のドアはすりガラスがはめられていて、母の傘の赤い色がそのすりガラスを通して写っていた。


自分の名前が呼ばれるのを待ちながら、私はそのくっきりとは見えない赤い色を眺めていた。小児科の待合室は暖かかった。寒い日でも古い大きなストーブが置いてあった。

世界は、何もくっきりと鮮明には見えない。だれが何を言っても、やや遠い声で自分のことではないかのように感じる。こういう感じがだれにでもあるのか、はっきりしない。


前の仕事を退めてから1か月経ったが、まだ次の仕事は見つかっていない。正直言って、スマホで新しい仕事を探して応募する気力が無い。でも探さないとダメなことはわかる。そのくらいは、ぼんやりした頭でも考えられる。


ひとり暮らしをしているが、週に何回か派遣会社の営業担当から「お仕事ありますよ」という電話がかかってくる以外は、だれも何も言ってこない毎日だ。

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