鯨井イルカ

第1話 常夜灯が灯る部屋で

 常夜灯のオレンジ色をした光が、あたりを包んでいる。

 

 深く息を吸い込むと、ラベンダーの香りが鼻腔に広がる。

 

 ベッドのスプリングは、硬すぎも柔らかすぎもしない。


 掛け布団は、心地良い温度と湿度で体を包んでいる。


 針の音を立てる時計もない。


 眠るにはもってこいの環境だ。


 現に目蓋は重く、手足にも力が入らない。


 目の前には、ただ真っ黒な闇が広がっている。


 この体の重みと静かな暗闇に身を任せれば、すぐに眠りに落ちることができるのだろう。



 だからといって、心身が休まるわけではないのだが。



 それでも、不眠症に悩まされていた時期に比べれば、まだましなのかもしれない。


 そんなことを考えているうちに、ざわざわとした不快な音が遠くから聞こえてきた。この部屋には、そんな音を立てる物は一切置いていないというのに。


 続いて、暗い紫色の渦が目の前に現れた。


 音は徐々に大きくなっていく。

 それに合わせ、紫色の渦が収縮する。



 次第に、あたりは収縮する紫色の渦と、ざわざわとした雑音に包まれた。


 

 ああ、今日もなのか。



 このまま、何もせずにいれば、吸い込まれるように眠りにつくことはできる。

 しかし、眠りにつけば、必ず夢を見る羽目になる。



 耐えがたい悪夢を。

 毎晩、毎晩、ずっと。



 はじめの頃は、なんとかしようとも思っていた。

 寝室の環境を整えたし、睡眠外来のあるクリニックにも、通い続けている。


 しかし、何をしても無駄だった。

 きっと、今日も。


 しかし、起き上がって逃げるほどの気力も体力も、この体には残っていない。

 それに、起き上がって悪夢から逃れたところで、今度は睡眠不足に苛まれるだけだ。


 

 ならば、せめて祈ることにしよう。



 これから見る悪夢を楽しめますように、と。

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