ライター
夢乃
第1話
まだ早いけど、来年の話をした。昨日見たアニメが、人生で一番面白かったと伝えた。川井くんは七面鳥を切り分けながら、「きっと来年もっと面白いのが出るよ」と笑った。僕は川井くんとそのまま話していたかったが、川井くんは特番のお笑い番組を見たがった。茶色のスーツに黄色の蝶ネクタイをした二人組が、生放送で漫才をしていた。川井くんはテレビを見ながら楽しそうに笑っていて、僕は冷蔵庫から酒を出して黙って飲んでいた。CMが入って、川井くんはベランダに出た。床に落ちていたライターを拾って、僕も追うように出ると、川井くんは苦笑いして「ありがと」と言った。ケーキを食べた時に、ロウソクに付けてそのままにしていた。川井くんはライターを受け取って、二人分のタバコに火をつけた。パトカーのサイレンと、向かいの一軒家の窓に見えるクリスマスツリーを眺めながら、川井くんは煙を吐き出した。「今年はイルミネーション、やってないんだね」クリスマスっぽくないね、と僕が笑うと、川井くんは見に行けばよかったかな、と遠くを見た。「今から行く?」川井くんは少し考えて首を振って、タバコの火を消した。「もう間に合わないよ」川井くんが履いたサンダルが、地面に当たってカタンと鳴った。「来年行こうよ」僕はそう言った。川井くんは何も言わなかった。僕はタバコの火を消して先に部屋に戻った。いつの間にかお笑いの特番が終わって、ニュースキャスターが都内の放火事件を伝えていた。戻ってきた川井くんはテレビを消して、棚を漁り出した。「うーん、どこ置いたっけ」川井くんの背中を見ながら、コタツに入って手足を温めた。「あった!」朱色の瓶に入った、2粒の錠剤が揺れるのを見た。「川井くん」僕は嬉しそうにする川井くんに、少し焦って名前を呼んだ。「何?」「プレゼント、買ってきたから」僕がそう言うと川井くんは瓶を床に置いて、近づいて僕の隣に座った。川井くんは渡した箱を開けて、僕が一昨日選んだ銀のネックレスを手に取った。すぐ首にかけて、嬉しそうに「似合ってる?」と聞いたから、「似合ってる」と答えた。「ねえ、明日じゃダメなの」しんとした部屋で、僕はそう聞いた。川井くんはネックレスを弄りながら、「ダメだよ」と言った。「そういう約束だったでしょ」後ろめたさなんて全く無い目で、川井くんは僕を見た。僕はベッドに座って、川井くんは流しで水を汲んだ。川井くんはテレビをつけて、深夜のバライティを映した。キンとした笑い声が耳障りだった。「一緒に来てくれないの?」川井くんは錠剤を瓶から出して、手の上でころころ転がした。「行かないよ」と僕は言った。外の階段の音がやけに聞こえた。川井くんは死にたくて、僕は死にたくなかった。僕も川井くんも今年で30歳で、川井くんは先に歳をとった僕に、おめでとうとは言わなかった。僕は言いたかった。「じゃあ、またね」川井くんはそう言って、錠剤をごくんと飲んだ。僕は死んでしまう川井くんをずっと見ていた。少し苦しそうにして、僕にしがみついて、なんだか笑いながら死んでいった。動かなくなった川井くんをベッドに寝かせて、ふと思い出して僕は大きい音のテレビを消した。そしてジリリリとベルの音が、外からかすかに聞こえるのに気づいた。僕は嫌な予感がして、慌てて玄関のドアを開けた。真っ赤なライターの火が、パチパチと燃え広がっていた。
ライター 夢乃 @kmtt
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