玄関でナマズが跳ねてんだけど

山法師

玄関でナマズが跳ねてんだけど

 えー。なんだこれ。


「おい、そこの」


 びったんびったん。

 床は、濡れてない……訳ないか。


「そこの。聞こえとるだろう」


 びったんびったん、びったんびったん……。


「あーうん。ちょっと閉めますねー」

「おい!」


 ガチャリ、とオートロックがかかったドアの前で腕を組む。


「……なんだ?」


 今の、この状況は?

 あーゆっくり思い出そう。

 まず、今俺は帰ってきた。学校から。


「そんで」


 いつも通り帰ってきて、マンション五階のうちの前まで来た。


「で」


 またいつも通りロックを外して、ドアを開けたわけだ。


「そしたら」


 びったんびったん跳ね回る、どでかい魚が玄関にいた。

 ……そして、今に戻る。


「いや分かんねえわ。意味が」


 しかもあれ、あの魚、喋ってたよな?

 だよね? 俺の耳がおかしくなった訳じゃないよね?

 その場合、俺の目も危ないんだけど。


「あーあーあー……うん。ただいまー」

「だからお前! 私を無視するでない!」


 まだ、びったんしてやがる……。


「あーえー、どちら様?」

「特に名はない!」


 猫かよ。魚だろ。


「この状況をなんとかしてくれ! 流石に……! 辛いのだ……!」


 びったんびったんが、びっ……たん、びっ……たん、になってきた。

 おい待て、ここで死ぬのか。


「ちょおっなん、ええ? どうしろってんだよ?!」

「どこか、身体を楽に出来る場を……貸してくれ……」


 楽、らく?!

 ああ、えと。魚だから水?!

 こんなでけえのが入る水槽……?


「……風呂!」


 思い立ったままに高速で靴を脱ぎ鞄を飛ばし、ゼイゼイ言ってる魚を飛び越える。


「ちょっと、耐えろ!」


 バスルームに入り風呂の栓をして、蛇口を勢い良く捻る。


「多分良し! で! ……」


 あのデカいのを、ここに運ぶのか?


「も、う……だ、……」

「あああ! やってやらあ!」


 おっも! 滑る!


「だあ、くそ!」


 ずりずり引いて、なんとかバスルームの入り口まで。


「後少し! 跳ねろ! 生きたきゃ跳ねろ!」


 俺は何言ってんだ?!


「くっ……ぐっ!!」


 最後の力を振り絞って、魚はバスルームの段差を超えた。そんでまた、俺が


「ぐっ……があぁあ!」


 浴槽の壁に当てながら持ち上げて、そこを、乗り越え。

 ドッポボオォゥリュゥゥン……。

 すげー変な音して落ちたけど、大丈夫か?


「……生き、返る……」

「…………そりゃ良かった」


 魚はデカすぎて、とぐろを巻くみたいに身体を折り曲げていた。

 水はまだ少し。俺の足首くらいしか無いから、そいつはなんとか向きを変えて全体を濡らそうとする。


「あー待て。これで良いか」


 シャワーで上からかけてみた。


「おおお……! 恵の雨じゃ……!」


 いい感じらしい。

 魚は少しのたくって、左の目を俺に向けた。


「この恩は忘れぬぞ」

「いや、別に。……てか、だからそもそも、誰」

「再び聞くか。名はないと言ったろう」

「そーじゃなくてさぁ……何? こう、どういう存在? なんでウチの玄関で死にかけてたんだよ」

「おお、それか」


 どこか気持ちよさそうにしながら、魚はぽつりと言った。


「私は元からこの家にいたよ。それがどうしてか、こうなってしまったが」

「…………なんて?」

「だから私は、昔からここに住んでいた。お前の小さき頃も、それとなく覚えている」

「……は、はあああぁぁぁああんんん?!」


 こちとら、こんなでかい魚に覚えはねえよ?!


「お前の名は、確か……」


 止めろ。当てに来るな。


俊樹としき、だったか?」

「うわああああ当たったああああ!!」


 そこは間違えろよお……!


「……じゃあ、お前はこの家の……」


 聞きたくない。この話を深堀りしたくない。

 けど聞いた方がいい気もするんだよぉなぁ……。


「……どこに、いた……んだよ……?」

「そうさなあ。何度か位置を変えられたが」


 誰に。


「ここ最近は先程の、ほれ、あの棚の上に居ったな」


 棚。

 玄関の? 非常持ち出し袋とかが入ってる所だ。


「はあ? あんなとこにお前みたいな魚、なん……て…………」


 シャワーを浴槽にドボンと突っ込み、俺は玄関に駆け戻った。


「おい?! どうした?!」


 棚の上。写真やら置物がいつもたくさん乗ってる。

 そこに、あれもあったはずだ。


「……うっそお……」


 小さくて品の良い、房まで付いた座布団の上。本来そこには、鈍く金に光る「なまず」の置物が置かれているはずで。


「まじで? これが? あれ?」


 だけどその上には何も無く。

 少し濡れたような跡だけが、座布団にはあって。

 それはよく見ると、そこからびったんしてた場所まで、続いていた。


「……てか、あれ、ナマズ?」


 言われてみれば、鯰っぽいかも知れない。大きさに気がいって、種類なんて気にしちゃいなかった。

 そういや、ぬめってたな。ナマズって確かぬめるよな?


「いや、だとして、結局、なに?」


 俺の疑問が一周して、また元に戻った。


「おおーい、水が溢れとるぞおー」

「え、ああ。止める止める」


 バスルームに戻って、シャワーと蛇口を閉じる。


「……」


 良く見りゃ、あの置物と似て無くも、ないような、訳でもない、事もない……?


「本当に助かったぞ。ええと、俊樹よ」


 首……なのか? それを捻って魚はそう言った。


「……お前、あの「鯰の置物」?」

「ええ? ああ、お前達はこの種をそう呼んでいたな。恐らくそうだろう」

「おそらくってなんだよ」

「仕方なかろう。自我を持つなんて考えもしなかったからな。だからこそ、己について詳しい訳がない」


 自慢げに胸張って言うんじゃねえ。

 いや、それは胸なのか……?


「まあ、何がなんだか分からんが。なってしまったものは仕様がない」


 鯰の置物だった、どでかいナマズは、ヒゲを動かしそう言った。

 ああ、そういやちゃんとヒゲもあるのか。


「て、何が?」

「この身体で生きねばな」

「え、どこで?」


 ウチで?


「この家に決まっておろう。私の住処はここだ」

「いや、いやいやいや……」


 こいつを飼うの? いや、飼うって概念で合ってる?


「なんだ? 何か問題でもあるのか?」


 問題しかなくね?


「……それは、お前だけで決められない。つーか決めるな」


 こんなでかくなっちゃって、同じように棚に乗る訳でもあるまいし。


「ウチの家族に、相談? しないと」

「それもそうか。こうなってしまって、私も不都合している。その辺りも摺り合わせたい」


 何をどう摺り合わせんの?


「ふふふ、そうか、そうか。俊樹と話が出来るという事は、ああ、と……恵子けいこ、と……寛太かんた……とも話が出来るという事か」


 母さんとじいちゃんの名前も合ってるぅ……。なんか逃げられない感じがしてくる……。


「で、彼らはいつ戻る?」

「……さあ……じいちゃんは、そろそろじゃね……」


 もういいや。丸投げしよ。


「はあ……」


 てか、制服がべっしょべしょじゃねーか。どーするよコレ。あ、洗濯機で洗えるんだっけか。


「なんかもう、お前、ここから動くなよ」

「言われずとも。あんな思いは二度としとうない」


 バスルームから出て、洗面所に行って。

 制服を、一応表示を見てから洗濯機に投げ込んで、スイッチを押す。


「着替えてくっからなー」

「そうかー」


 俺なんでナマズと普通に喋ってんだろ。適当に着替えて、バスルームに顔を出す。


「……」

「どうした?」

「いや」


 うん、置いとこう。

 こいつがこれからどうなるか、ウチはどうするか、全員揃ってからが本番だ。





 とか思ってたってのに。


「良いんじゃないか?」


 じいちゃんは目を丸くしたもののすぐに大笑いして。


「まぁ! こんなに立派になっちゃって!」


 母さんはなんでかキャーキャーと興奮気味に。


「そんな訳でよろしく頼むぞ。寛太、恵子」

「なんでだよ!!」


 二人ともそんなスムーズに受け入れんなよ!



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玄関でナマズが跳ねてんだけど 山法師 @yama_bou_shi

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