ガーベラの呪い
はねhane
ガーベラの呪い
「
その言葉はとても衝撃的だった。そして私は現実味のない事実に納得することが出来なかった。
私を抱きしめてすすり泣く母を見ても、医師の話を聞いててもあまり実感が湧かなかった。
私こと
家へ帰る途中、手を繋いで歩いてた母が「今日の晩御飯何を食べたい?」と優しく問いかけてくれるも何も思いつかない私は「お母さんの好きなもの」と適当に話を流して帰路を辿った。
その日から私の生活は少しずつ変わっていった。
まず変わった事といえばいつも厳しい両親が心なしか甘くなっていたこと。そして私自身の体調が不安定になる事が増えたことで体調不良が理由で学校を休む頻度が増えて友達と遊ぶ頻度が減った。過ぎて欲しくもない時間は私に対して冷酷であっという間に過ぎ去っていく。
余命宣告を受けて丁度一ヶ月が経過した今日、まだ死期が近いという実感は湧かないものの、もう元の生活には戻れないという事は分かってきていた。
毎日私を叱るくらい厳しかった親はどんどん過保護になっていき、何かあるといけないからと家からあまり出して貰えなくなった。しかし親が仕事で視界に入りにくい祝日、公園の隅っこにひっそりと置いてあるベンチで過ごしていた。日の当たらない湿り気のあるこの場所は年中あまり人気がない。それに加え冬場の今、座る者は愚か近づいてくることも無いだろう。今の私には丁度いい席だ。
「なんも考えない時間増えたなぁ...」
最近学校に行かなくなってきて始めはやれる事たくさんやろう!と思っていたが想像以上の速さで過ぎる時間と虚弱になっていく身体に恐怖を感じるようになってきた。宣告を受けた時は実感が沸かなかった。だが、同時に死ぬ事を受け入れたくない自分がいたのだ。そしてそんな甘い気持ちを神は許してはくれなかったのかもしれない。恐怖が毒のようにジワジワと広がっていく、そんな気がする。いや、これ以上考えるのは辞めよう。
重たいまぶたを開くと青かった空は一面牡蠣のようなオレンジ色に変わっていた。
「あ、寝ちゃってたんだ…」
立ち上がるとひらりと何かが地面に落ちる。なんだろうと思って拾うとそれはベージュ色のダウンジャケットだった。
私をポールハンガーと間違えた!?と一瞬を思ったが単純にどっかの優しい人が冷えるから掛けてくれたのだろうと考え、家路を辿った。
それからも一日、二日…と時間だけが経っていった。
十数日後、検診で病院へと赴いたあと、一度家に戻ってから謎のジャケットをクリーニングに出しに行く。
「あの、これクリーニングお願いします」
そう言うと、よくある紺色エプロンを着た女性が快くジャケットを受け取る。
私は伝票を受け取り、氏名住所電話番号などを記入していてふとあることを思う。
公園にいけばもしかしたらジャケットを貸してくれた人がいるかもしれない!
そう考えた私は三日おきに毎回親の目を盗んで家を飛び出し公園を確認しては帰ることを繰り返した。それから二週間後、クリーニングへジャケットを受け取りに行ったあと、公園をチラ見する。いつもどおりベンチに人が座っている気配がない。
「どうかしましたか?」
いきなり私に対して投げられた声に驚いて声主の方へ振り返る。
「え?」
声を掛けてきた人の容姿に私は二度驚いた。
純白の髪色を持った綺麗な男性だった。
「あ、えっと何も怪しいことはしてません!ただベンチに人が座ってないか確認していただけです!!」
余計怪しくなるような言葉選びに自分自身困惑しそうだ。
「何も訝しんだりはしてないので強ばらなくても大丈夫ですよ、と言っても顔も知らないおじさん相手に無理もないですか」
そう言って軽く笑う男性は何処か可愛らしく不思議な感じがした。そんな男性に見惚れていると私が腕に掛けてるクリーニングしたてのジャケットに反応を示す。
「…あれ?その服…」
私はその時やっと男性の着る黒いジャケットと持っているものは色が違うだけで全く同じ種類のものだということに気づいた。
「これですか?借り物です」
「借り物?あぁ、もしかしてそこで寝ていた…」
「貴方のですか!?」
「はい、寒そうだったので…差し出がましい事をしましたね」
「いえいえ、とても助かりました!ありがとうございます」
私はそう言って男性にジャケットを返す。
「それなら良かったです」
男性はぺこりとお辞儀する。律儀な人だ。
「前に寝ていたベンチ、なぜあそこに座っていたんですか?」
急に問い掛けてきた男性に私は困惑する。なんでそんなことを聞くのかわからない。困惑しているのに気づいた男性は理由を説明する。
「私はよくあそこのベンチに座っているんです。だけど私以外に座る人が珍しかったのでつい…」
「そういうことでしたか、単純に座りたかっただけですよ。それより同じジャケットを何着か持っているんですか?」
「はい、まぁ何着っていっても2着だけですけどね。黒は買ったもので、ベージュは貰ったものです」
男性の表情が一瞬暗くなったのは気のせいだろうか。
「用事があるのでこの辺で、ありがとうございました」
「こちらこそ」
男性の後ろ姿が無くなるまで手を振り続けた。
上機嫌に歯磨きをする私の姿をキッチン越しに見た母は不思議に思ったのか、何かあった?と聞いてきた。
「外に出て人と楽しめたのが久しぶりだったの」
「へぇもしかしてご近所さん?」
「違うよ」
「じゃあお友達?」
「ううん、秘密」
「あらそれは気になるわね。もしかして宵葉好きな人出来た?」
「これ以上はうんともすんとも言わないー」
「教えてくれたっていいじゃない〜」
「嫌ぁお母さん関係ないもん。私やらなきゃいけない事あるから部屋行くー」
母にしつこく質問されながらも颯爽と部屋へ駆け込んでゆく。私が居なくなったからかうるさかった声も消えて、再びいつもの静けさが戻ってくる。
私は布団に入って眠りに入ったのだった。
夜が更け、私は散歩を言い訳に家を出て公園へと向かった。昨日男性が「よくベンチにいる」と話していたから今日ももしかしたら会えるかもしれないと思ったからだ。決して話し相手が欲しいから、暇だからという理由ではない。うん。
公園へ入ってみる。とても広いとは言えないがそれなりに広さのある至って普通の公園だ。例のベンチ付近を見てみると男性が近くで屈んでいるのを発見した。私は高ぶる気持ちを抑えて話しかけてみる。
「こんにちは」
男性は面食らった顔をして振り向いた。
「こんにちは。まさかまたお会いするとは思ってもいませんでした」
「私もです。ところで何をしているんですか?」
男性が触れているものは一輪の花だった。
「この花を別の場所に移そうとしているんです」
「へぇ、なんで移すんですか?」
「この場所は湿り気が多くてこの花にとってあまり良い環境ではないんです。なので、よく日の当たる明るい場所にうつそうとしていたんです」
「なるほど…詳しいんですね」
「たまたま前に図書館で読んだのを覚えていただけですよ」
「図書館があるんですか?」
「ありますよ。少し離れたところですが」
「そうなんですね!最近は本に触れてないから久々に行ってみたいな。そうだ!お時間さえあれば一緒に図書館行きませんか?」
「昨日会ったばかりの普通のおじさんですよ?悪い人もいるのであまり知らない人を誘うのは色々良くないと思いますが」
「大丈夫ですよ。悪い人だったら貰ったジャケットをわざわざ返すかも分からない人に掛けないだろうし、今こうして私に害が及んでいないですから」
「…分かりました。せっかくの縁でもありますし」
私はとても嬉しかった。本に触れること自体が小さい頃以降始めてであったからだ。あの時はたくさん色々な本を読んでいた。分からない言葉や読めない部分は親に聞いたり調べたりして、いろいろなことを学びながら読んでいたあの頃は楽しかった。だけどいつからだろう、本自体に触れなくなったのは。
「では行きましょう」
男性はたちあがって先行する。私はその後をついて行くように図書館へ向かい、二時間かけて到着した。そこには様々な本が広い空間に置かれている、かなり大きな図書館だった。
さっそく私は図書館を歩き回る。読みたい物は特に決まっていない為、色んな本を流し見て面白そうなものを手に取ってみる。はじめは小説や図鑑などを見ていた。時間がだいぶ経って散策してると一つの本が気になって手に取ってペラペラと紙をめくる。
「そういうものも見るんですね」
いつのまにか男性が隣にいて私は驚く。
「ガーベラの祝福っていう絵本です。小さい頃好きでよく読んでいたんです、懐かしい」
絵本は様々な色で鮮やかに描かれている。そんな絵本の中で可愛らしい女の子が悪魔に呪われた人々を奇跡の力で治して救ってゆくファンタジーじみた物語だ。その話の中ではガーベラが頻繁に描かれている。主人公である女の子はその花が大好きなのだ。
「私も読んだことがあります。素敵なお話でリピートしたくなります」
「はいわかります!とっても魅力的で…読んでるとどんどん引き込まれていくんですよね。こんな素敵なものを読んでると私にも人を救える力があったら良かったのに、とか思っちゃいます!」
もうすぐ死ぬんだけどね、と心の中で一言追加する。
「ふふ、私はこの通り力があっても救えませんが、あなたならきっと救えますよ」
男性は片腕を上げてガッツポーズのような仕草をする。
細身で草食系に思わせて実はとっても力が強いのだろうか?
ふと男性は腕時計を見る。一日一緒にいて腕時計を付けているのを今初めて知った。なんという観察力の無さだろう。
「そろそろ帰りましょう、日が暮れては帰りが危ないですからね」
もうそんな時間か没頭しちゃったな、と私は思いながら男性と共に公園へと戻る。そして公園へ着くとちょうど日が暮れ始めて少しづつ辺りは暗くなっていく。
「家まで送りましょうか?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
「そうですか。では気をつけて帰ってくださいね」
そういって私達はお互い帰路を辿っていった。楽しかった。ほとんど読書だけであまり話していないけどとても楽しかった。公園行って良かったと思ったが男性は私の付き添いのような感じであまり本を読んでいなかった。正直男性自身楽しそうにしているところは二回会ってても一度も見たことない。本の話で意気投合した時でさえも…。
今度また会った時はもっと話を合わせてどちらも楽しく過ごせるようにしよう、そう思った。
余命宣告から丁度二ヶ月、そして残り寿命も二ヶ月。あれから半分の月日が流れた。毎日とはいかないがちょくちょく公園に行って男性がいたら話をする程度の日々を過ごしている。それなりに男性との仲は縮まったんじゃないだろうかとはおもっている。それに加えて最近はなぜか体調不良になる事が少なくなってきていて学校に行ける頻度も多くなった。友達と遊ぶ時は何かあった時のために近場でしか遊ぶ事が出来ないけど一ヶ月前よりかなり良い状態だ。両親も最近明るい私を見て少し安心しているようで良かった。
今日も当然のごとく公園へ足を運ぶ。だが公園には人っ子一人居ない。珍しい。取り敢えずベンチに座って近くで買った大判焼きを食べる。中身はカスタードクリームで出来たてだからとても美味しい。
「二つ買ったけど一つ余ったから冷める前にお母さんにあげよう。お母さんは甘いもの苦手だけど美味しいからきっと大丈夫。だけど食べれなさそうならお父さんにあげよう。甘党だから絶対食べてくれるけどお父さん餡子派なんだよな」
私はあたたかい大判焼きを貪る。数分としない内にさっきまで明るかった空は雲行きを怪しくしていく。嫌な予感がした。そしてその嫌な予感は的中して、夜の迫る頃に雨が降ったのだ。しかもかなりの大雨で長い間振り続けたのだった。
結果的に五日、雨は降り続けた。その間学校も休校となっていたのでやっと雨が上がり外に出られると思ったがタイミング悪く体調を崩してしまった。今までのような軽い体調不良で九日間もそれは続いた。トータルだと二週間は家から一歩も出られなかったが今更なんとも思わなくなってきた。
二週間ぶりの外は雨が降ってからだいぶ経ったからか爪痕一つも残さずいつもの景色に戻っていた。しかしまぁあんな大雨は人生で何回も見れないだろう。どうしてあんなに降ったのだろうか、未だに疑問だ。
ところで今日は動物園へと行くことになった。どうしてこうなったのかというと図書館で動物の図鑑見て実際に見たくなってしまったからだ。それに今日は開園から二十年経つらしくいつもより入園料が安くなっているのだ。
私達は数時間かけて動物園へと行き様々な動物を見ていく。たまに動物へ餌を与えたり動物をモチーフにした食事をたべたりしてとにかく楽しく過ごした。
時間がだいぶ過ぎて午後三時頃、小動物エリアへと訪れる。親はお土産を買いに近くの店へ行き、その間に私は小動物と触れあうことが出来るところへ行こうとしたが飼育ケージの前で屈んでいる人の後ろ姿を見て既視感を覚える。つい気になって覗いてみるとそこに居たのは紛れもなくあの男性だった。
「え、なんでここに」
つい声を出してしまう。男性は声を出さなかったがこっちの台詞だ、とでも言いたいかのようにとても目を見開いてこっちを見ている。そうとう驚いているようだ。
「まさか動物園でばったり出会うとは想定外でした」
「図書館で図鑑を見て行きたくなってしまったんです」
「なるほど、私は妹がこの動物園を好きで昔良く行っていたんです。今日はいつもより安いので久々に来てみることにしたんですよね」
「妹さんが居るんですね」
「はい、今はもう会うことは出来ませんが…ところでそちらは一人でお越しに?」
「母と二人で来ました」
「そうですか」
「あら宵葉、誰と話してるの?」
お土産を片手に母が私のいるところへとやってきた。
「この人とは良く公園で一緒に話してるの」
「こんにちは」
「へぇ…そうなのね」
母は男性の方に向き直ってお辞儀をする。
「この度は娘がお世話になっております」
「こちらもいつも楽しませていただいております」
二人とも硬い挨拶を交わす。
「少し失礼します」
そういって母は私を引っ張って少し距離のある所に連れていく。
「一体どういう事よ。見た目的にあなたと年齢もかけ離れてるように見えるけど怪しいおじさんじゃないでしょうね?」
男性をなにかと勘違いしているようだった。私は二ヶ月前の出来事から今までの事を全部話す。
「なるほどね、悪そうな人でないのなら良かったわ」
「あの、そろそろ私帰りますね」
男性はタイミングを見計らって話しかけてきた。
「ならこれを持ち帰ってください」
母はお土産を袋の中から一つ取り出して男性に差し出す。
「いや大丈夫ですよ」
「遠慮なさらずに受け取ってください。娘がお世話になったお礼です」
「…ありがとうございます」
男性は渋々受け取る。
「では帰りますね。ありがとうございました」
「こちらこそ」
「またね!」
私は男性に手を振る。
「じゃあ私達も帰りましょうか」
「うん、お母さん今日はありがとう!」
こうやって出掛けることもとても良かった。もうこうして遠くへ行くことは私の現状を考えても難しくなってくるだろうから、今日の事は思い出としてしっかり焼き付けておこう。そう思って歩いていると次第に息がしづらくなってきて、意識が遠のいて行った。
気づくとそこは病院だった。どうやら私は倒れてしまったらしい。今までは倒れるような症状は見られなかったがこれも死期が近づいてきている証拠だとでもいうのだろうか。
もうあれから三ヶ月がすぎた。余命宣告はあくまで予測値でしかないが着々とその日が近づいてきていることは確かだ。医師は私の身に何が起きても不思議ではないから何かあってもすぐに処置できるよう入院生活を送ることになった。
それから数十日後、徐々に身体に力を入れづらくなってきた。まだ歩く事は出来るが時々物につかまっていないと行けない時もある。私は避けられない道なのは分かっていたがあまり不自由なく暮らせていたからこの現状に酷く打ちのめされる。
今まで現実逃避をしていただけだ。延々にそんな事を考えるだけで頭が痛い、少し外の空気を吸おう。
私は歩いて自然豊かな広場に出る。ゆっくり散歩を楽しんでいると花束を持った男性に出くわす。今回は偶然というより男性が待っていた感じだった。嬉しいような嬉しくないような複雑な気持ち。
「やっぱりここに居ましたか。お見舞いの花を持ってきました」
花束は全て暖色系のガーベラだった。
「これを私に?」
「はい、倒れたって言うことを耳にしまして」
正直嬉しいけれど私のことを知ったらこの人にも拒絶されるかもしれない。
私には必ず終わりがやってくるしそれを知ってどんな反応を示すか分からない。悲しまないかもしれないし悲しんでくれるかもしれないけれども、どっちだろうがいつまでも優しく接してくれるだろう男性に本当の事を伝えなければ、と思った。
私は恐る恐るガーベラを受け取って近くにある木陰の下に座る。
「ひとつ話をしていいですか。重たい話なので聞きたくなければ帰ってください」
男性は静かに隣に座ってくる。私は了承の意と受け取って話し始める。
「単刀直入にいうと私はもうすぐ死にます。正体不明の病気で治すことが出来ないからです」
男性は何も言わない。だけどそっちの方が私にはとてもありがたかった。
「病院へ行ってこの病気が判明した時、私は残り四ヶ月で死ぬだろうと言われました。そしてそんな余命宣告から三ヶ月と二週間は経っていて、予測だと私はあと二週間で死ぬことになっています…初めは受け入れることが出来ませんでした。きっと何とかなる、そう思っていたのかもしれません。だけど現実は残酷でどんどん私を縛り付けていったんです。体調を崩しがちになって今では体の自由すら奪われてきている。正直怖いです。死ぬ時は今より辛いのか、死んだら私はどうなっちゃうのか。考えたくもない」
私はいつの間にか涙を流していた。だがそんなことを気にすることは出来ない。ここからが本番だからだ。
「あなたに申し訳ないことをしました。出会った当初、見ず知らずの人間なのにいつも話しかけられて色んなところに連れていかれて結構迷惑をかけてしまった…あなたは私の事を知らないから友達のように見放されることもない、私にとってあなたは都合の良い話し相手だったんです…最低ですよね、ごめんなさい」
ここまで言えば嫌われてしまってしまうかもしれない。だけどこんな卑怯な私の存在なんてあなたの記憶から消えてしまった方がいい。どうせ尽きる命なら静かに一人で行こう。迷惑なんてかけたくない。
「都合のいい話相手ですか…」
男性の顔を見るのが怖い。
「あなたは何も悪くありません。私に生きる希望を与えてくれました。謝るのは私の方です。あなたを妹の生き写しとして見てしまっていた…すみません」
私が妹さんの生き写し…?
「以前、ベンチで寝ていたあなたを一目見て妹と照らし合わせてしまった。今頃妹が生きていたらあなたと同じ年端もいかない女の子でしたから。まるで妹がベンチで寒そうに寝ているように見えて形見であるベージュのジャケットを思わずかけてしまったんです。私がよくあのベンチに座っていた理由は妹と一緒に座っていたからで、図書館に行ったのも動物園にいたのも妹が好きだったから、一緒に話をしていた理由だって全て事故で亡くした妹と話せている気になって…こちらこそ謝らなければなりません。あなたをあなた自身ではなく妹として見ていた。あなたが自分の都合良い話し相手と思うのであれば私も自分の都合の良い存在だと思ってしまった。」
「妹思いの良い人じゃないですか」
「私は最低野郎ですよ。あなたは悪くないんです」
私はうっかり笑ってしまう。
「それはあなたにも言えることですよ、お互い様ですね。…ありがとうございます、気持ちが少し軽くなった気がします」
「…少しでも荷がほどけたのなら良かったです。話してよかった」
「私も」
お互い微笑み合う。
「すごく今頃なのですが、お名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
「はい、宵葉です!」
「宵葉さんですか。素敵な名前ですね」
「ありがとうございます!あなたの名前も聞いていいですか?」
「私は...アオです」
「アオさん、残り短い人生ですがよろしくお願いします」
「よろしくお願いします。...ここで長話をしていれば心配する人も居るでしょうから戻りましょう。ガーベラ運びますよ」
「ありがとうございます」
私はアオさんの肩を借りて立ち上がる。身体が鉛でも背負っているかのように重たい。それになんだか気持ち悪くなってきた。
また体調を崩し始めたのかと思いなるべく早く戻ろうと院内を歩き始める。ずっと運動すらしていないからか歩くだけで息が切れてくる。辛そうにしている私を見てアオさんが運ぼうかと提案してくるが運動不足と体調不良の影響だから大丈夫だと言い聞かせた。でも病室までの距離はまだある。
流石に限界が来たから大人しくおぶってもらおうかと思ったその瞬間、グラッと視界が歪み始めた。思わず壁に寄りかかる。アオさんは即座に寄り添って懸命に呼びかけるが私は既に気を失っていた。
私は昏睡状態に陥っていて一向に目覚める気配がなかった。余命宣告を受けた時はすすり泣いていた母は以前より酷く顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。一日九時間労働、週一休日の会社に務める父も私が眠っている前で眼鏡の上から涙を拭っていた。
病気がかなり進行していてもう目覚める可能性はほとんど無いらしい。二人ともそれを受け入れる覚悟は出来ている。
母は毎日花や果物を持ってきては私に話しかける。昔話や世間話、色々な事を話しては室外で泣いている。母がトボトボと病室を後にした数分後、ピョコっとアオさんが入口から顔を出して静かに私の近くに来る。一輪の花を持っていた。
「こんばんは、今日は白色のガーベラを持ってきました。前に図書館で話したガーベラの祝福にもこの白いガーベラが一番多くつかわれているんですよ。花言葉をご存知ですか?花の種類や色によって花に込められた想いが様々なんです。面白いですよね。白いガーベラの花言葉には希望という言葉が含まれています。あなたが私に希望を与えてくれたように、私があなたに希望を与えます。あなたにも希望を持って欲しいから」
そっと私のそばにガーベラを生ける。
「…実は私、あなたと同じでもうすぐ死んでしまう身なのです。病気ではなく呪いに近いものでしょうか…特異な力を持って生まれてしまったが為の足枷ですね。そんな足枷と妹を失ってしまったことに病んでしまって自殺しようと考えてました。だけどあなたと出会えた事で今日まで生きることが出来ました。心から感謝してます。…最後に図々しいお願いをしてもよろしいでしょうか?私達の代わりに幸せに生きてください。...と一方的に話しても伝わらないんですけどね」
アオさんは最後にさようなら、と一言添えて去って行った。
「あんな小さかった子がこんなに大きくなって…お父ちゃん泣いちゃうよ…」
「綺麗になったね、お母さんはあなたのその姿が見れて嬉しい」
「二人ともありがとう!いつも私を支えてくれたお陰でこの日まで生きる事が出来た。本当に感謝してる…」
綺麗に着飾った私は今までの事を思い出して泣いてしまう。
私は病気で死ぬと思っていたあの時、突然病気が治るという奇跡が起きた。本当に泣いた。勿論どうして病気が治ったのか医師は分からなかったらしいがどうでもよかった。自分の存命に嬉しかったと同時に病院以来アオさんに会うことが叶わず悲しかった。だがもう後ろは向かないと決めて進んでいたら新しい家族とも出会えた。
「ほらほら、泣かないの!折角のおめかしが崩れちゃう」
「幸せになるんだぞ…」
「行ってらっしゃい」
「うん!行ってきます!」
私は白いウエディングドレスと白いガーベラの髪飾りをつけて新しい舞台へと歩き出したのだった。
ガーベラの呪い はねhane @hanehaneponn
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