第28話 発見

 妹が、なかなか帰ってこないので、迎えに行くようにいわれた。

 ここ最近、野犬が増えている。

 おさな児や婦女子は、腹をすかせた野犬の格好の餌食だ。

 幼な児や婦女子が弱いことを、奴らは、ちゃんとわかっている。

 三郎は、木刀を帯に差し、藩校へ続く、なだらかな坂道を、妹を探して下っていった。


 小夜は、押し花にする色の濃い草花を探しながら、せまい街道を、少しずつのぼった。さっきまでは、同じ藩校に通う千枝ちゃんがいっしょだったのだけれど、夕餉の支度があるからといって、帰ってしまった。 


 見つけた花を、葉のついた茎の適当なところで切って、布袋にほうりこむ。

 いま探しているのは、紫と赤の花だ。色は濃ければ濃いほどよい。押し花にすると、花の色は、どうしても薄くなってしまう。あざやかだった色が褪せてしまうのが、小夜はどうにも我慢できなかった。


 夢中になって、花を探していると、いつのまにか、峠の頂きちかくまで来ていた。

 汗をぬぐう。

 日陰でひとやすみしよう。きょろきょろしていると、流水の音がきこえた。

 そうだ、この近くに、蟹のいる川があった! 


 街道をそれると、林のなかに、村人が使う、邪魔な石や草をのけただけの粗末な山道があって、おりてゆくと、すぐに涼しい川べりにでた。川を覗くと、大小の岩にあたって出来た水しぶきが、けっこうな高さまで跳ねあがり、小夜の顔まで届きそうだった。


 あっ、ちょうどいい! あれだったら、日陰があって休める。

 伐採した焚き木の置場になっている、屋根付きの幅の広い橋が、すぐ向こうにかかっていた。

 小夜は、焚き木のうえに布袋を置き、そのよこに座り込んだ。橋の板材の隙き間から、下を流れている、橋げたに衝突し泡だつ川の水が見える。もこもこした泡の流れがおもしろく、見ていて飽きなかった。

 ガサッ。

 すぐ近くで音がした。

 小夜はふりむいた。形よく積み重ねられた焚き木の向こうに、誰かがいた。

 ガサッ。

 小夜の見つめる焚き木の山の頂上から、数本の細い枝が、滑り落ちた。


 ゆっくりと小夜は立ちあがった。立ちあがっただけでは、背が低いので、向こう側が見えない。

 猪か、どこからか逃げた豚だろうか? 

 この間も豚が逃げて、村の大人たちが懸命に探し、野犬に囲まれていたのを助けたことがあった。

 背伸びをする。それでも見えないので、二、三歩進んで足元の太めの焚き木の上に立ち、目の前の焚き木の枝に手をついた。


 あっ。

 手をついた焚き木が向こう側に崩れ、小夜も、たくさんの枝といっしょに前へ滑り落ちた。

 すぐ近くで、とても苦しそうな息の音がした。

 腹ばいになった姿勢から見上げると、青ざめた顔をした少年がいた。

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