第24話 意趣返し その二
千代も、前に進みながら試合では使うことのなかった予備の木刀をかまえた。
幸四郎は、数歩分、間合いをつめるとふいに動いた。
千代には、自らの顔を突き刺す槍の先がみえた。かろうじてよけると、槍の先が上がり、千代の肩に、ななめに振り下ろされた。
木刀でふせぐ。
強い力で押し戻され、木刀の背が肩にあたる。あたった側の半身に衝撃としびれが走った。
木刀を落としそうになった。
千代の身体の奥底で、また何かがゆっくりと立ちあがった。
幸四郎が手をゆるめず、激しく突いてくる。
千代の身体が、はためく反物のように柔らかく横に移った。突いてきた槍のなかほどに、木刀を叩きつける。
幸四郎が槍をすばやく抜く。が、抜けなかった。千代の着物の袖が槍の先端部に巻きついている。
幸四郎は、どっと汗をかいた。このまま抜き続けるか、突き返すか、一瞬迷った。
千代の木刀が鈍く灰色に光った。
一瞬止まった槍に、神速で振りおろした。生涯、最速の振りだった。
しゅっと、かすかに音がして、幸四郎の槍が、切りつけた箇所からふたつに分かれた。分かれた槍の穂先側が、弾け飛んだ。
幸四郎は、あきらめず、切られた槍の残りの部分で激しく突いてきた。
千代は落ち着いていた。
灰色に光始めた木刀を、右斜め下から振り上げた。力の込められた槍の残りを全身の力を使って跳ね返した。
短くなった槍の残りが、幸四郎の手から離れて、宙に舞った。
千代は、そのまま幸四郎に突進し右肩をぶつけた。弾けとんだ幸四郎は、門弟にぶつかり地面にころがった。
ころがった二人を、真横から灰色の木刀で切った。手首に丸太を切ったときのような負荷がかかる。が、そのまま押し切った。
幸四郎と門弟の若者は、しばらく動かなかった。
千代は、動けないふたりを見下ろして、にやっと笑った。鬼の笑いのような酷薄な、非情さをあらわした笑いだった。
「鬼じゃ! 鬼じゃああ!」
門弟の若者が、声をあげた。
必死で、千代から離れようとしている。
幸四郎たちはよろよろと立ち上がり、四つん這いになって半分転がりながら、逃げ出していった。
幸四郎たちを見送ると、千代は自分の内側の、さらにその奥に、真摯に問いかけた。
急速に存在が薄れていくその誰かに、必死で声をかける。
―――あなたは、誰……?
その誰かは一度振り返り、聞こえるか聞こえないかぐらいの、小さな声でつぶやいた。
……イトウ、ヤゴロウ――。
かすかに、そう聞こえた。
千代は、もう一度呼びかけた。
が、そのヤゴロウと名のるものは、千代のなかから去ってしまったらしく、何も返ってこなかった。
気がつくと、二郎が心配そうな顔で、千代のあいているほうの手を握っていた。何度も、千代の手を引っぱっていたようだった。
千代は、ため息をついて小さく笑い、二郎を抱き寄せた。
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