第15話 無限

「父さん、いる?」

 吉見冴は、父に声をかけた。

 居間で一服していた冴の父が、冴の方に顔をむけた。

 冴は、むずかしい顔をしながら、話を切り出した。

「ちょっと、考えたことがあるの」

「なんだ?」

 冴の父は、湯のみをテーブルの上に置いた。


「世界と、〝こだま〟のこと……」

 冴は腕組みをして、首をかすかにふった。長い髪が、首の動きを増幅したかのように、やはりかすかにゆれた。

「ひょっとしたら、この世界全体が、すでに滅んでいて、わたしたちのすべてが、滅ぶ前の世界の〝こだま〟かもしれない……そんなことを、ふと考えてしまったの」

 冴は、深いため息をついた。


「それは、ないだろうな」

 冴の父は、ゆっくりと考え込みながら答えた。そして、湯のみを持ちあげた。

「わしは、今、この湯のみを通して、湯の熱さを感じている。その実感がにせものだとは思えないな。……また、思いたくもない」 

 冴の父は、湯のみの茶を飲みほした。

「……おまえたちの年頃だと、そういうことまで考えるんだな。あまり、気に病むな。考えても、しかたのないことだ」 


 冴が居間を去ってから、冴の父は、ひとりもの思いに沈んだ。

 さっきは、冴には、気に病むなと、考えてもしかたのないことだと、言った。

 われわれは、現実の存在だ。

 そのはずだと思う。だが、今まで、地球上で死んだものたちの〝こだま〟が、どこかに、それもエコー(反響)として、いくつも、存在している可能性はある。

 恐竜をはじめとして、地球上の生物群は、何度も絶滅を繰りかえしてきた。

 地球自体を魂の集合体だと考えると、地球の〝こだま〟が、目にはみえないが、宇宙空間にいくつも存在しているのではないか?

 冴の父は、頭をふった。

 冴に言ったことは、自戒をこめて言ったことだった。そのはずなのに、また、思考の迷いにとらわれてしまった。

 やれやれ、少し休まねばな……。

 冴の父は、そのまま目を閉じた。  

       

 冴の父は、夢を見た。

 夢のなかで、冴の父は、空を見あげていた。

 見上げたさき、はるか頭上に、大きな青い地球があった。さらに、その向こうにひとまわり小さい地球が、そのさらに向こうにも、さらにひとまわり小さい地球があった、そして、さらにその向こうにも……。

 ――無限に続く地球のエコー(反響)。

 冴の父は、起きてからも夢で観たことを、はっきりと覚えていた。が、弟子にも、娘にも、それについて話そうとは思わなかった。

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