可愛い妹に婚約者の味見を頼まれまして【コミカライズ】

有沢真尋

第1話

 セリーヌは言った。


「この手紙を御覧ください、クロード姉さま。バーゼル大公が婚約の申し入れをしてきたのは『リーヴェル伯爵家のご息女』です。私の名前はどこにも書かれておりません。つまり、もし私と姉さまの入れ違いに気づいた先方から『目的の相手ではない』と訴えられても、『当家には娘が二人おりまして、年齢的な釣り合いを考えたら姉の方だと考えました』と言ってしまえば良いのです……!」


 * * *


 リーヴェル伯爵家の長女クロードは、幼少の頃から騎士を目指して体を鍛え、剣技を磨き続けてきた。身長は女性の中にあってはすらりと高く、均整の取れた体つきをしており、騎士の正装に身を包めばやや細身ながら男性の間でも決して見劣りがしない。

 さらに言えば見事な銀髪に、冷ややかに整った美貌と相まって、公の場において「国一番の美形騎士」の名をほしいままにしている。


 クロードは騎士団入団の際、縁故を一切頼みとせず平民向けの一般登用試験を経て採用された。それをたてに、当初より団内において家名や出自を伏せてきた。上層部はもちろんリーヴェル家の令嬢であることを把握しているが、世間一般では何かと謎が多いとされている。性別すら曖昧、団内や宮中ではもっぱら「凄い美青年」、つまり男性と認識されているのだ。

 なお、本人はそれを問題と思っておらず、正すつもりもない。

 生家である伯爵家には、二十歳頃までぽつぽつと縁談が来ていたものの、それから数年「社交界にまったく顔を出さない長女」は、いまや完全に忘れ去られた存在となった。


 一方で、十歳年下の母親違いの妹・セリーヌは十六歳になった今シーズン、社交界デビューを果たした。その可憐さで話題が持ちきりになり、熱い視線を集めるに至ったという。

 屋敷には連日各種催しの招待状が届き、婚約の打診が引きも切らず。

 選べる立場であればこそ、これぞという相手を見極めるのが結婚の極意。

 しかしここに来て、選ぶどころか、格下の伯爵家からは断りにくい相手として降って湧いたのが、恐れ多くも王弟バーゼル大公からの求婚。

 久しぶりに生家に顔を出したクロードに対し、セリーヌはここぞとばかりに詰め寄っていた。


「私も貴族の生まれとして、なるべく好条件のお相手に嫁ぐのが使命と心得ていましたけれど……。私、あんなに恐ろしい噂のある方なんて絶対に無理です~!! だいたい、どこで見初められてしまったのかも心当たりがないんですよ……!?」


 切々と訴え続けているセリーヌは、豊かな黒髪の、花も恥じらう美少女。ひきかえ、バーゼル公といえば一回りも年齢が上のはず。

 さらにいえば、領地は王都からも遠い。クロードの実母が夭折してから嫁いできた義母ともども、家族仲は良かっただけに、滅多に会えなくなるのは寂しい。

 一面識もないまま話を進めることに躊躇があるのは、当然のこと。


「噂といえば、大公閣下の『竜殺し』の異名は私も耳にしている。額に第三の眼があるとか、その腕には血を求めて殺戮を止められない呪いがかかっているとか……。しかし実際のところ、王城勤務の私ですらご尊顔を拝したことはない。てっきり領地から出てこられない方だと思い込んでいたのだが、デビューしたばかりのセリーヌに目をつけるとは、なかなかに情報通だな」


 答えつつ、クロードは背にしていたアーチ型の大窓を振り返り、日差しを浴びて「ふむ」と考え込む。


(セリーヌは格式ある家の女主人としては、いささか若すぎる。本人と話して伸びしろがあると判断したならまだしも、面識もないまま容姿の噂だけを当てに申し込んできたのだとすれば、それこそ大公らしからぬ浅慮。何か裏があるのだろうか?)


 裏などなく、ただの美少女好きという線もある。セリーヌが嫌がるのも仕方ない、とクロードが苦い思いで目を細めたそのとき、セリーヌが「そこで姉さまに折り入ってお願いがあるのです」と呼びかけてきた。


「どうか、私に代わって大公にお会いして頂けないでしょうか。私など世間知らずの小娘に過ぎません。閣下にお目にかかっても、どのようなお人柄であるか掴むのは難しいと思います。その点、姉さまであれば人を見る目もおありかと思いますので」

「それはそうだな。無駄に年齢を重ねてきたわけではない。世間慣れしていないセリーヌよりも経験があるのは確かだ。よし、わかった。私が直接お会いして来よう」


 休暇を申請して閣下の領地まで赴いて……、とクロードが言いかけると、セリーヌが慌てた仕草で遮る。


「それには及びません。近々王城で開かれる夜会の席に、閣下がお見えになるという情報があります。姉さまはそこに出席して、閣下に接触して頂きたいのです。姿


 セリーヌは、指を組み合わせ潤んだ翠眼でクロードを見上げる。クロードは薄い色合いの玻璃のような瞳でセリーヌを見下ろし、確認のため問いかけた。


「私に女装しろと?」

「普段ドレスを身に着けない姉さまが、ですよ。女性の姿で夜会の場に現れたら、その美しさには誰もがひれ伏しますッ!!」

「ひれ伏さなくて良い。だいたい、私のような戦闘職が、ご令嬢方より目立つわけには……」


 異様に熱のこもった口調にひるみつつクロードはそう言ったが、セリーヌはさらににじり寄って高らかに言い放った。


「大公閣下がただの女好きであれば、ご自分が求婚中であることも忘れて姉さまに近づくでしょう。そのときこそ姉さまは言って差し上げればよろしいのです。『あなたには心に決めた方がいたのでは?』と!!」


 白皙の美貌にうっすら汗を浮かべつつ、クロードは「な、なるほど……?」と答えた。


「つまりはハニートラップだな? 任務として受けたことはないし、受けても私の場合落とす相手は女性になるだろうが……」

「そうですよ、姉さま! これは任務のようなもの。可愛い妹のため、ここは一肌脱いでハニトラしてくださいませ!!」


 クロードの呟きを遮り、セリーヌが声を張り上げる。

 内心、(いまさら私が女性の真似事をしても……)と首を傾げたくなるクロードであったが、相手がただの女好きの場合、護身術もおぼつかないセリーヌを差し向けるのは不安しか無い。やはりここは自分が、と腹をくくる。

 言いたいことを言いたいだけ言ったセリーヌは、にっこりと花がほころぶかのような笑みを浮かべた。


「では、早速姉さまのドレスを用意いたしましょう!! 忙しくなりそうですね!!」


 * * *

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