第3話 想定外

「……つまり、お主にとっては、そもそもこの世界に来てしまったこと、そのものが想定外であった、という訳なのじゃな」

「みなさんにとっては、来るはずの勇者様が来なかったのが想定外なんですねー」

「そして神様……ですか、『ここまで遅くなるとは想定外』だったと、そうおっしゃっていたのですね?」


 ふぅー、と長い溜息をついてしまった。いかんな。わしが暗くなってしまっては、場も凍り付いてしまうし、なにより王の御心が折れてしまいかねぬ。今はもはや伝説と化している勇者殿の、その帰還だけが心の支えてあったのだ。王はまだ若く、勇者殿がこの世界を去ってからのことしか知らぬ。じわじわと迫る絶望の中、どれほど此度の降臨を心待ちにしていたことであろうか。今は気丈に振舞っているものの、あの顔色を見れば、ふとした瞬間に倒れてしまいそうで心配じゃ。この場に兄君がいてくだされば――いや、今のあのお方は支えてはくださらぬか……


「降臨の儀は滞りなく、何の問題もなく終えられたのですね?」

「はい、間違いございません。神託が下り、すべていにしえより神がお決めになった通りの流れで儀を執り行いました。間違えれば神罰が下る危険なものでございますから、慎重に確実に行っております」

「そうでしたね。あなたが無事なのがその何よりの証拠でしたね。お疲れのところ、追い打ちをかけるようなことを言ってしまい失礼しました」

「いえ、お気になさらないでください賢者様……」


 巫女も憔悴しきっておるな。無理もない。本来なら勇者殿を迎え、皆に高らかに希望を与える役目であったのだ。それが異世界の一般人の、しかも子供を連れてきてしまったとあってはな。自身の失態ではないとはいえ、皆の期待を一身に背負ってしまっていたからな、責任を感じてしまっておるのじゃろう。


「となると、あの黒い瘴気は今回の件に関しては無関係と結論付けられます。断言はできませんが、勇者降臨のタイミングを狙って魔族が横槍を入れてきたのでしょう。そして魔族にとっても今回の事は想定外だったのかもしれませんね。何もせず引き下がったか、あるいは何か呪いの類でも仕込んだのか、気になるところではあります」

「あれはやっぱり呪術だったのかな」

「おそらくは。ただ特定するのは私でも困難を極めるでしょう。呪術は人の身には余ります」

「賢者様でもわからないとなるともはや追及のしようがないですなぁー」

「一応、この子の検査はさせていただきますよ。あなた、よろしいですね。この会議の後、じっくり調べさせていただきますからね」

「……はーい」


 御前会議が始まった頃はこの子もやいのやいの騒いでおったが、さすがに場の重さに耐えられなくなってきたのかのう。随分とおとなしくなったもんじゃ。可哀想じゃがもう少し耐えてくれよ。ああ、そうじゃ、大事なことを忘れておった。

「ところで、なぜ神はこの子を我らにお遣わしになったのじゃろうか」


 賢者殿の目がきつくなる――


「神様のお考えなど知る由もありませんよ。来るはずの勇者が何らかのトラブルで来られず、かわりにこの子が来てしまったのかもしれません。もしくは未だ転生したことに気づいていないだけで、実はこの子は勇者なのかもしれません」

「お主先程、勇者殿ではないと言わなんだか……?」

「さすがに自覚前の転生者となると、魂の見極めは私には不可能です。仮に勇者であったとしても、自覚していない状態では勇者としての役目を果たせません。巫女様、例の勇者転生のお告げを今一度おっしゃっていただけますか」


 それを受けて、巫女が歌うように語る――


「大いなる災いがやってくる。このままでは成す術がない。「勇者はその類い稀なる武勇を魂に刻み込んだまま異世界に転生すべし。その世界にて新たな人生を歩みつつ未知なる魔法を修得できよう。転生前の記憶を取り戻した暁には、それらどちらも使いこなす超人として完成する。勇者はその後この世界に凱旋し、悪を打ち倒し、世界に平和が訪れる」」


 途中から王のつぶやきが重なった。毎日のように唱え続けて、完全に覚えてしまったのじゃな。


「つまり修練を積んで記憶を取り戻していなければ勇者とは認められないのです――ところであなた、魔法はちゃんと修得してきたのですか?」

「ええと……妄想でならいくつか闇に葬ったものがあったかな……うっ頭が」

「何をまた訳のわからないことを……とにかく、修練も積んでいなければ前世の記憶も無いと。これではお告げの通りにはなっていないと言わざるを得ません」


 うーむ、確かにお告げ通りではないかもしれん。それでも、この子が来たのには何か意味があると思うのじゃが……


「そういえば神様、もうすぐ試練の時が来るって言ってましたよ。そのさっき言ってた大いなる災いってのはちゃんと来るんじゃないんですかー? なんか成す術もなさそうだし、そこまではお告げは合ってるんじゃないかなーってヒエッ」


 あーあーまたそんなこと言うから賢者殿に睨まれとるよ。あのままおとなしくしておれば良かったのに。まったく変な子が来てしまったもんじゃ。想定外じゃなぁ……どうしてこうなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る