第2話 転移

 ……しまった。


 もう手遅れかも。さっきからすごい心臓が締めつけられて、グイグイひっぱられてる感じがつづいてる。まわりもボヤけて、今どこにいるのかわからないや。絶対にさっきのおまじないのせいだ。先生のアレ、本当だったんだ。別にLとRを聞き分けられないワケじゃないし、発声にだって自信があるんだから、その気になれば一回でうまくいった。行きたい、って気持ちもウソじゃなかったし。


 でもいきなり飛ばされるなんて思ってもみなかった。どうしよう。私このまま行方不明の扱いになっちゃうのかな。突然家出したって思われちゃう? お母さん泣いちゃうかな。ごめんなさい。どうしてこんなことしちゃったんだろう……キャンセルとかできないよね、たぶん。ああーヤバイヤバイヤバイ! どうしてくれんの先生!? 責任とれー!


 あ、なんか放り出された。真っ白な世界。床やわらかい? なにがどうなって……


――ようやく来ましたか。ここまで遅くなるとは想定外でした。


「なに!? どこから声が? だれ?」


 あたりを見回すと、ふと、うっすらとした人影のようなものをみつけた! でも声は違う方から聞こえてきたような……


――急ぎなさい。もう時間がありません。まもなく試練の時がやってきます。


 直接あたまの中に語りかけてる? なにそれスゴイ。いきなり神様に会っちゃったパターンなのこれ!?


「えっと、神様かなにかの方ですかー?」


――今こそあなたの修練の成果が試されるのです。気を引き締めてかかりなさい。


「あのー、できれば一度じっくり考え直したいので、いったん元の世界に戻してもらえませんでしょうかー」


――下界側での受け入れ態勢が整いました。直ちにあなたを元の世界に戻します。


「ありがとうございます! 異世界に行きたいっていうのは本当なので、いろいろ準備が整ったらまたご連絡します。お騒がせしてスミマセンでした。またよろしくお願いします!」


――かならず悪を打ち倒し、世界に平和を取り戻しなさい。期待しています。


「えっ? なにを言って……」


 また心臓がギュッと締めつけられて、そのまま強引にひっぱられる感覚がやってきた! イヤだこれ。でも帰るためには仕方がないのかな。最後に変なこと言ってたけど、気のせいだよね? なんかのフラグだった? よくわかんない! なんかさっきより心臓が締めつけられてるんだけど、ていうより刺すような痛みが……まわりも真っ暗だし、あれ? もう放り出されてる?


「……そんな、どうしてこんなことに……」


 すぐ近くで急に冷たい声がした。ゾクッとした。反射的にのけぞって、そのまま尻もちをついちゃった。見上げるとキレイな人がじっとこちらを見ている。目がこわい。


「いったい何が起こっておるのですかな? 賢者殿――はじめは神々しい、いかにもな雰囲気だったのが、急におぞましい、暗い瘴気のようなものが立ち込めたように思えたのじゃが。肝を冷やしたぞ」

「……降臨に乗じて何らかの呪術が発せられた模様です。ですがもう異常はありません。警戒は解いて構わないでしょう。ただ……」

「ただ?」

「勇者が……来ていません」

「なんじゃと!?」


 あたりがざわめき出した。あれ、いつの間にか明るくなってる。ていうか、なんかすごいご立派なホールのまんなかで、けっこう大勢の人に見られてるんですけど……ここはどこ? わたしはだれ?「そこにいらっしゃるのは勇者様ではないのですか?」ああ勇者様かーなるほどーナイスアシスト、誰だか知らないけど。って勇者!? なに言ってるの!? そんなワケないでしょ! 文句を言いたかったけど、ちょっと人が多すぎてシャイな私は言葉が出なかった。


「私は勇者を知っています。たとえ姿、形が変わろうとも、間違えるはずはありません」

「みなのもの、おちつけ! 賢者殿がそうおっしゃっておるのだ。呪術とやらが何か関係して、思わぬ事態が発生しておるのやもしれぬ。まずはそこの子に話を聞いてみようではないか。賢者殿、頼めるかな?」

「承知いたしました」


 そう言って賢者と呼ばれた人がまた私に向き直る。あらためて見てもやっぱりキレイな人だけど、目がこわい。まだちょっと寒気がする。


「あなた、言葉は通じますか? 意識はしっかりしていますか?」

「……はい……大丈夫です。ちょっとビックリしましたけど」

「あなたはこの世界を救いに来てくださったのですか?」

「えっ、ちがいますけど」

「では何をしに?」

「ええと……冒険……かな?」

「……」


 ちょっと間が悪くなったので、エヘッとしてみた。目がこわい。失敗しちゃった。


「賢者殿……」

「……そうですね、ひとまず場を変えて仕切り直しましょうか」

「……あいわかった。では皆の者、この場は解散とする。なお、ここで起きたことはみだりに口外せぬよう、追って沙汰があるまで待つように」


 はっ、と一斉に声がかかって、まわりのみんなが粛々とホールから出ていく。すごいな、ウチの学校とは大違いだ。異世界って厳しいのかな? 私には優しくしてほしいなー。


「あなたもどうぞ、私達についてきてください」

「はい……」


 賢者とお偉いさんとその他おつきの人たちについていくことになった。他行くとこないし、しかたないよね。とりあえず衣食住さえ保証してくれればなんの問題もなし! とお偉いさんにアツい視線を送ってみる。


「……気楽なもんじゃな」


 意思の疎通はできたみたいだけど、呆れられちゃったかな? うーん。

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