第3話 むしろ「押すなよ」のパターン
カワイイを追い求める暮らしはとても楽しく、あっという間に5年の月日が流れました。
すくすくと成長していく中で類稀な魔力を見出されて魔法学園への入学が決まったりしましたが、それはまぁ、予定調和ですからたいして気にするようなことではありません。
しかし、入学を目前に控えたわたくしには、一つの不安が生じていました。
わたくし、かわいすぎるのです。
わたくしが誘拐犯だったらうっかり出来心で攫ってしまうかもしれないくらい、かわいいのです。
どうしましょう。今は領民全員ご近所さんとでも言うべき場所で暮らしていますから誘拐や人身御供の心配はありませんが、魔法学園に通うようになったらそうもいきません。
自分の身は自分で守らなければ。
危機感を覚えてあれやこれやと対策を練っていたある日、お父様から精霊との契約について聞かされました。
魔法を使うには、精霊との契約が必要なこと。
そのために、屋敷の礼拝堂で精霊との契約の儀式をすること。
お日柄のよい日に契約するそうで、わたくしの場合、それは魔法学園への出立の前日になるとのことでした。
ナンセンスです。お日柄よりもわたくしの身柄が大切です。
思い立ったが吉日と申しますし、だとすれば今日が吉日なのは疑いようもありませんわ。
悠長なことを言っていないで、今すぐ契約すべきです。そして魔法をしっかり身につけて、誘拐犯から身を守る術を身につけてから、万全な状態で入学を迎えるべきです。
わたくしはその日の夜に、さっそく礼拝堂に忍び込みました。
蝶よ花よと育てられましたので、お父様の言うことを聞かないことなど星の数ほどありました。きっとお父様もこのくらい、予想の範囲内でしょう。
むしろ「押すなよ」のパターンの可能性すらありますわね。
礼拝堂に入ると、わたくしは指を組み、祈りを捧げるポーズを取ります。
そして、心の中で呼びかけました。
精霊さん、精霊さん、おいでませ。
なんだか少し違う気もしますが、降霊術なので似たようなものでしょう。
「へぇ、珍しいね。こんな田舎に、これほどの魔力を持つ子が生まれるなんて」
頭上から声が降ってきました。
咄嗟に顔を上げると、礼拝堂の中空に、ふわりと光の玉が浮かんでいます。
あれが、精霊さんでしょうか。
というか今田舎とか言いました? 我が領地、たしかに少々王都からは離れていますけれど、田舎ではありませんことよ。
「おまけに、面白い魂の色だ」
あら。さっそく「面白い女」的なコメントをいただいてしまいました。さすがは当て馬とはいえヒロインですね。
光の玉から聞こえる声は、わたくしとさほど変わらない年頃の男の子のように聞こえます。
「精霊との契約を望む者よ。君は契約の対価に、何を捧げる?」
声がわたくしに問いかけます。
魔力を持つものは、精霊との契約によって魔法が使えるようになります。その契約の際に、何を捧げるかを答えなければなりません。
捧げるというと大袈裟ですが、精霊との約束のようなものだとお父様は言っていました。
捧げるものは、なんでも良いのだそうです。捧げたからといってなくなるわけではありません。
たとえば、正義の心。たとえば、慈しみ。そういったものを「持ち続ける」と誓うのが、契約です。
そしてその約束を違えると、魔法が使えなくなる。そういう仕組みなのだそうです。
だとすれば……わたくしが捧げるものは、決まっています。
わたくしは深く息を吸って、答えました。
「『カワイイ』を捧げることを誓います」
「はい?」
「わたくしはカワイイを追い求め、常にかわいくあり続けることを誓います」
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