第2話 カワイイは一日にしてならず
それからのわたくしは「カワイイ」の追究に明け暮れました。
まずは礼儀作法。これが完璧でなくては可愛くありません。
あえて隙を作るという可愛さもありますけれど、それは「完璧に出来る」ことが前提の、いわば超上級者向けの高等テクニック。
どこで失敗してしまったら失礼で、どこで隙を作ることが可愛いのか。それはマナーの全てを熟知していなければ、推し量ることのできないものです。
ほとんど夜会などには出ていませんが、一応は貴族としての教育を受けているお母様につきっきりで教えていただいて――教えを乞うたびに自信がなさそうに目が泳いでいたのは見て見ぬふりをしました――、カーテシーからダンスから、テーブルマナーに至るまでどんどんと「令嬢」らしい振る舞いを身に付けていきました。
次はファッション。何を着ても可愛い、などという考えは甘えです。それが許されるのは二流の可愛いまで。
わたくしが追い求めるのは一流のカワイイ。妥協など出来ません。
値段が高いものがカワイイ、有名なブランドならカワイイ、などという考えも甘えです。
わたくしはわたくし。他の誰でもない。値段やブランドなどと言うのはほかの誰かの決めた指標です。
そんなものをあてにしているようでは、一流のカワイイとは言えません。
王都から来る商人に話を聞いて王都の最先端の流行を把握しながらも、自分に似合うファッションを模索します。
我が家の懐事情では、たくさんお洋服を買うなんて夢のまた夢です。
ですが貧乏を理由に諦めていてはそれこそ甘えです。
街に出て情報収集したり、商人からアウトレット品を譲ってもらったり、時にはばあやにお裁縫を教わって手作りしたり。
わたくしはわたくしの出来るすべてを尽くして、カワイイを身に纏いました。
もちろん日々の美容と健康にも甘えは許されません。
カワイイは一日にしてならず。すべての努力はカワイイに通ず。毎日の努力から作られるのです。
朝は日の出と共に起床、夜はお肌のゴールデンタイムを逃さないよう22時には就寝。適度な運動とバランスの取れた食事。
朝起きて軽くストレッチをしてからシャワーを浴び、真冬でも冷たいお水で洗顔。
ロングヘアーを丁寧に洗髪して、トリートメントをしっかり揉み込みます。
そしてシャワーが済んだら、全身をお化粧水とクリームで保湿しながらボディケア。
顔にはパックをして乾燥を防ぎつつ、タオルドライした髪にはヘアオイルを含ませて、火の精霊と契約しているお母様に頼んでふんわりとブロー。
お化粧は引き算メイクで素材の良さを損なわない程度に、少女らしい純真な印象を失わない程度に施します。
プライマーに薄づきのファンデーション、ふんわりと乗せたチークとうるつやのグロス。
しっかりと作りこむのはアイシャドウくらいで、厚塗りに見えないように気を付けつつも、立体感をより一層演出するために何色も塗り重ねます。
睫毛は自睫毛が長くてしかも上向きカールしていますので、マスカラはさっとひと塗りで十分です。最後に軽く鼻と顎先にハイライトを入れて、完成。
幸い排気ガスとは無縁の世界ですけれど、花粉や紫外線などの刺激は存在します。
お外に出る時には日傘とつば広の帽子で紫外線を徹底ガード。汗を拭く時にも肌に刺激を与えないようにやさしくぽんぽんと押さえるように。
肌への負担を減らすため、夕食後にはすぐにメイクをオフします。
もちろんクレンジングもやさしくなじませてから、ぬるま湯で洗い流して摩擦を生まないように注意しなくてはなりません。
夜はストレッチの後ゆっくりと湯船につかってデトックスして、朝と同じルーティンでスキンケアと髪のケアまで済ませたら、オイルマッサージをしてさらに体をほぐします。
最後にこっそり失敬したじいやの育毛剤でまつ育に勤しんでから、就寝。
前世のモデルばりの生活を送るわたくしですが、そこには「楽しい」という思いしかありませんでした。
だって鏡を見るたびに、どんどんとかわいくなっていくのです。
鏡を見るのが楽しくなるなんて、前世のわたくしには思いもよらなかったことです。
ニキビひとつないおでこ、毛穴の目立たない鼻、ほうれい線の気にならない口元。
つややかなロングヘア、長い睫毛、すっきりとした顎のライン。
お肉に埋もれていないデコルテ、くびれたウエスト、しっとり潤った肘・膝・踵。
シミやほくろのない白い肌、まっすぐに伸びた背筋、自分の手でリメイクした素敵なお洋服。
かわいい、かわいいと手放しで愛情を注いでくれる両親と使用人、そして領民たち。
こんなにたくさんのものを持っていて幸せでないなんて、罰が当たります。
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