少女崇拝
魔法少女空間
第1話 少女崇拝
四年前、つまりは僕が学生だった頃の話になるわけだけど、僕は西も西の都『リンネル』という街に行ったことがある。かつては森の都として栄え、いたるところに大樹がそびえ立っていたという街では、人々は天空人のように大木の上で暮らしを営んだという。しかし長らく戦火に晒され、軒並み大樹が焼かれてしまった後となってはその面影はどこにも見当たらない。見渡す限り、焦土と化した大地と白いのっぺりとした住宅以外を見つけることはできなかった。それでも、僕が水を探し求めて市を回っていると幾度か子供の集団とすれ違った。皆、顔つきは違えどその瞳はきらきらと輝いていて、それを見た僕はなにかと安心したものだ。今度はこの子たちがこの街を背負って立つ側になるだろう。その時になるまでもう少し世界が穏やかであることを望もう。
子供を見つめていると端にもう一人、子供たちを見つめている男がいるのに気が付いた。この街での聖職者なのか、白い絹の布を重ねるように身にまとっている。その視線になにか不穏な、ざらりとしたものを僕は感じていた。僕が日本にいたときよく見かけた、浮ついた熱心な視線だ。男もこちらに気が付いたようで、僕の方を見ると二度、三度、手首を返した。それがこの街の風習で手招きを意味することは知っていた。
僕が男に近づくと男は目尻を少し下げ、微笑みをつくった。そこには先ほどまであった熱っぽさはなくなっていた。
「旅行者の方ですね」
その言葉は柔らかく、落ち着いた声だったので僕は親しみを覚えた。
「そうです。日本から来ました」
「この街の子供は少女がとても多いでしょう」
言われてみればそうだった。市場で働く人間に偏りは感じられなかったが、前を元気よく走る子供集団は明らかに女子の方が多い。男子もいるにはいるが不自然なほど少女の姿が目立った。
「確かにそうですね。あそこだと、一番左の子以外みんな女の子だな。これはなにか理由があるのですか?」
男はゆるゆると首を振った。
「理由などありません。全ては神からの賜りものです。生まれに貴賤などあってはならないのですから」
「なるほど」
僕は一度頷いたが、男の視線になにか落ち着かないものを感じていた。男はそわそわと僕と子供の集団を見比べていたが、やがて決心したように切り出した。
「今、少女ばかりいるのには理由がない、と言いましたね」
「ええ」
「実はそれには理由があるといったらどうでしょう」
「……と、いいますと?」
意外にも男は小心者のようだ。いや、慎重な男とも言えるかもしれない。とにかく男はあたりを見回すと僕を建物の陰に連れ込んだ。
「私たちは長らく考えてきました。男と女の違いはなにか? 例えば男は女より重たい荷物を運べます。あるいは女より長時間、速く長く走ることだってできる。女は男よりかはいくらか手先が器用かもしれない。しかし、どれもが程度の違いです。男にだけ、あるいは女にだけ、あるものではない」
僕は頷いた。
「私たちはこう考えます。男と女の違いは美しさにあると。これは男と女に別々の美しさがあると言いたいわけではありません。成長段階の女性、とりわけ『少女』と呼ばれる年齢にある女には、どの性別、どの期間にも当たらない格別の純真性があります。なにものにも染まっていないイノセント、これが美の形だと私たちは考えます」
既に僕は男に向かっていくつかの質問をしたくなっていた。しかし、この街の美的感覚が少女の多い理由には繋がらない。黙って聞いていた。
「ですから、この街では男子は一等劣ったものとみなされます。それは少女という純真性を通過できず、生まれながらにして汚れた存在だからです」
「失礼なことをすみません。それではあなたも汚れた存在とみなされているのですか?」
「ええ、もちろんです。ただ、女児だけが生まれてきては集落が存続できませんから男も在ることを許されています。しかし、そのためには儀式を済ませねばなりません」
「儀式?」
「簡単なことです。男は自分が純真である、という証明を見せねばならない。そのために男子は幼いころから女装をします。方法はいくつかありますが、旅行者の方にいくつかの子供の集団を見てもらう、というのもひとつです。そこで少女の美しさを持てない、少女に見えないものは汚れた存在とみなします。ああ、ちょうど始まりました」
市場の方から甲高い悲鳴が聞こえる。男は自分の肩を二度、三度撫でた。それがこの街で相手に感謝を伝える風習だと僕は知っていた
少女崇拝 魔法少女空間 @onakasyuumai
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