雪道

文学少女

ある雪の日

 病院から外に出ると、牡丹雪がしんしんと降っていた。いつもは気だるい私の体も、雪を見るなり軽やかになった。

 夕方と夜の間の微妙な時刻で、薄暗い灰色の、曇天の空が広がっていた。

 私は雪が好きだ。雪は大変美しい。

 まずはあの色だ。一切の穢れも、汚れもない純白である。降ってくる真っ白な牡丹雪は、純潔、純粋、そういったほかの何からも汚されていないという純な美を感じさせるのだ。

 歩いて周りを見渡せば、もう既に景色は白に染っている。道も、草木も、家の屋根も、みんな真っ白だ。この景色はほんとうに美しい。一面に雪が積もった景色を眺めると、まるで違う世界に来たかのような気持ちになる。銀世界という言葉は、こんな意味を孕んでいるのではないかと私は思っている。

 凍えるような寒さを弾き飛ばすような興奮を抱えながら、私はずんずん歩いてゆく。雪を見れば、私は童心に帰ることができる。

 私は、雪を踏む感触を楽しんでいた。誰にも踏まれていないふかふかの雪を踏みつけるとき、ふかふかの雪が一気に「ぐぐぐ」と圧縮される感触と、ざくっ、ざくっと鳴る音で、私は踊りたくなるほどに舞い上がる。そのため、私はまだ足跡のついていない雪をあえて踏んで、雪を楽しむのだ。

 やがて、私の住む家のある住宅街に入った。その頃にはもう空は真っ暗になっていた。灰色の雲が埋め尽くす、濁った夜空であった。

 私は、夜の雪はいっそう美しいように感じた。暗くて寂しい夜の世界を、真っ白な雪が華やかにしているように感じるのだ。画用紙の上では、白はただ無であるが、暗い夜の世界では、白は彩りなのだ。

 ある家の庭に、花を散らして、葉を枯らした、裸の木が細々と生えていた。その木に積もっている雪もまた、美しいものだった。

 木はまるで純白の花を咲き誇っているかのようで、その木の周りで降っている雪は、ひらりひらりと舞い落ちる花びらのようだった。いつも見る、冬の、葉もない寂しい木の情景を忘れてしまうほど、木は美しくそびえ立っていた。そんな木をみて、雪化粧という言葉が、私の頭にふと浮かんできた。

 私は、自宅のドアの前で、少し立ち止まっていた。すぐ帰ってしまうのは、なんだか名残惜しいことのように思えたのだ。私はまだ、雪の世界に身を置いていたかった。

 私は、家のポストに積もっていた雪を少し手に取った。雪は痛いくらいに冷たくて、弱々しく私の体温で溶けていった。周りに積もっている雪も、いずれみなこのように溶けてしまうのかとおもうと、私は寂しいような、悲しいような、そんな気持ちになった。

 私は、玄関の光を頼りに、ポストの上に積もった雪を凝視していた。「雪の結晶は見えないだろうか」と、熱心に見つめてみたものの、やはり見ることは出来なかった。雪の結晶を肉眼で見るためには、様々な条件が必要なことはわかっていながら、私はいつもなんとなく期待してしまう。

 雪の結晶は、何よりも美しいものだと思っている。雪の結晶というのは、美という概念を、そのまま固形化したかのような姿であるように、私には感じられるのだ。千年に一度咲く花──、それぐらいの尊さを私は感じてしまう。

 透明で、美しい雪の結晶は、見る者を自然と惹き付けてしまうほど誘惑的でありながら、凍えるように冷たい冷徹さをも感じさせる。私はいずれ、新潟にでも行って、雪の結晶をこの目で見たいと常々思っている。私の病状が、安定すればの話だが。

 そろそろ帰ろうかと、私は家のドアを開いた。途端、家の暖房の暖かさと、「おかえり」と言って、私を迎えてくれる家庭の温かさが感じられた。

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雪道 文学少女 @asao22

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