第15話 クーディックの秘密
クーディックはナイフを向けたまま、こちらへの憎しみを隠しもしない。
ただし、実際に刺す勇気はなかなか沸かないようだ。
「それでわたしを刺して気が済むならそうすればいい。だけど、わたしはこの世界の転生者を皆殺しにするって決めてるの」
「自分も転生者なのに?」
「恨みがあるって言ったでしょう。あなたとわたしの利害は一致してるって訳」
クーディックはナイフをしまうと、
「ボクも同じだ。転生者なんかこの世界に居ちゃいけない。普通に暮らしている人々の生活を脅かすだけだ」
「全く同意見ね。最後の転生者を殺すまで、手を組みましょう」
「言っておくが、最後にはお前を殺すからな」
「ええ。目的を果たしたら死ぬつもりだもの。その役目はあなたに譲ってあげる」
それにしてもクーディックは薄汚い。心じゃなくて服も肌も泥と誇りに塗れている。スリなんかで生計を立てていたことといい、浮浪児なのだろう。
「決意も新たにしたところで、一緒にお風呂に行きましょう。その汚い体を洗ってあげるわ。明日服も買ってあげる」
「い、いいよ。一人でできる」
「照れないでお姉さんに任せなさい!」
「いやだ、いくら女の人でも!」
「女の人でも? あなた男じゃないの?」
「あ……」
そこで、クーディックはまた「しまった」という顔をした。
うーむ、もしかしてこの子、性別を偽ってるんじゃなかろうか。
それは明日にでも詮索するとして、「わかったわ。さっさときれいにしてきなさい」とぶっきらぼうに告げる。
クーディックが微妙な顔で出ていくと、わたしはわたしでやることがある。
自分のベッドを安全にしておきたいのだ。
(自分に敵意を持った相手が近づいてきたらその攻撃ごとはねのける結界……)
「アンチエネミーフィールド! こんな感じかしら」
魔法を唱えるとわたし用のベッドの周りが淡く発光する。
これでクーディックが短慮を起こしても、転生者が街中で大魔法を使っても平気だろう。
もっともペンデュラムの反応がないので近くに転生者はいないみたいだが。
わたしはクーディックが戻ってくるのを待たないでベッドに潜り込んで寝息を立て始めた。
今日はゴブリン退治をしようとして、初めて人を殺して、スリにまで遭って精神的にくたびれていたのだろう。
翌日、わたしはクーディックを連れてまた冒険者ギルドを訪れた。
当面の生活費を稼ぐためと、クーディックを冒険者にするためだ。
丁度昨日の受付のお姉さんが同じ席にいたので声をかけてみる。
「こんにちは、お姉さん。二つほど相談があるんですけど」
「私にはルイシーナというれっきとした名前があるんだけど、昨日は名乗ってなかったわね」
お姉さん改めルイシーナさんはクスリと笑い、そう返してくる。
「じゃ、ルイシーナさん、まず、この子を紹介します。ダークエルフとエルフのハーフなんですって。名前は……」
「ちょっと待って! それでその歳まで生き延びてるわけ?」
ルイシーナさんはサッと顔色を変えると、
「ドロシー、ちょっと受付を任せるわ。すぐ戻るから」
「は、はい」
ドロシーと呼ばれたルイシーナさんより少し年下な女性が呼び出されて受付席に座る。
「ちょっとその子を連れてこっちに来て」
「え、あ、はい」
わたしはクーディックの手を取りルイシーナさんが入った奥の扉へ入って行った。
着席を促されて部屋に用意してあった椅子に座る。
「まず、あなたがダークエルフとエルフのハーフだっていうのは本当なの?」
ルイシーナさんが詰問口調でクーディックに言った。
「は、はい……、そうですけど」
「歳はいくつ?」
「今年で十一歳になりました」
「十年以上生きてるの!?」
「あの……、ダークエルフとエルフのハーフってそんなにまずいことなんですか?」
「まずいっていうか、まず、その子供がこんな歳まで生きるなんて稀よ。エルフは光、ダークエルフは闇の属性を持っているから普通は相反しあって生まれてすぐに死ぬわ」
「そうなんですか?」
「国の研究機関にでも存在が知れれば格好の研究対象にされるでしょうね。特にその魔法の才能について徹底的に調べられると思うわ」
魔法。エルフにも魔法が使えるのか、そりゃそうだろう。
「光と闇が打ち消しあわなかった体質なんてどれほどの素質を秘めてるか、私も興味深いわ。それもこれもエルフの性徴の遅さのせいなんだろうけど」
「エルフってやっぱり成長遅いんですか?」
「いいえ、大人になるくらいまでの成長速度は人間と同じよ。違うのは性徴なの。リンカちゃんもう生理が来てるでしょう?」
「はあ、そりゃもちろんとっくに」
「エルフだと生まれて四、五十年経たないと子供を作れる体にならないのよ。外見で性別の区別がつくようになる第一次性徴も十歳くらいだしね。ダークエルフとエルフのハーフだとその前に死んじゃうだろうけど」
そんなことまるで知らなかった。都会ならどこにでもいるただのスリだと思っていた。
さて、わたしはこのクーディックをどうすればいいのだろう?
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