桜の咲く季節、君に恋をする。

夕暮 春樹

第1章

第1話


「君には、私の願いを叶えてもらいます。」


学校の屋上。2年生になって新しいクラスにも慣れてきた頃の放課後、クラスメイトの七瀬美春に呼び出されて言われた一言。


「どういうこと?」


僕は、急に言われたその言葉の意味が分からなかった。


「どういうことって、そのままの意味だよ。これから君にはこの『死ぬまでにやりたい事ノート』に書いてあることを全部私とやって貰います。」

「え、全部?」

「うん、全部」


彼女はそれが当然かのように言葉をかえしてきた。


「全部やるとしても、一緒にやる人は僕じゃなくてもいいと思うんだけど。君友達たくさんいるでしょ。ほら、玲奈さんとか。」

「私も出来れば玲奈と一緒にやりたいよ。でも、私の病気の事知ってる人が家族以外で先生と君くらいなんだよ。」


僕はびっくりした。てっきり病気の事は友人の人達も知ってると思っていたから。

でも、だからといって死ぬまでにやりたい事をやるために僕を誘わなくていいだろう。家族の人と一緒にやればいい話だ。


「家族だったら気を使われるでしょ。私そういうの嫌いなの。君だったら私に気をつかうことはなさそうだし。あと病院で言ってくれたじゃん、何か困ったことがあったら言ってねって」


確かに言った気がする。

―――──────――――――――――――

 先週の木曜日、僕は予防接種で学校を休んで病院に来ていた。

予防接種も打ち終わって、受付で待っていると床にノートが落ちているのを見つけた。ノートには、『死ぬまでにやりたい事ノート』と書いてあって気になって開いて見ると、そこには

『私は、あと数年で死んじゃうみたい。私の罹ったのは心臓の病気で、罹った人のほとんどが数年で死んじゃうんだって。だから、死んだ時に後悔しないためにも今日から死ぬまでにやりたい事を書いて、少しずつやっていこうと思う。』


「心臓・・・病気・・・死ぬ・・・」


僕は思わず、普段なら口からでないであろう言葉がこぼれ落ちた。

・・・・これはきっと、余命宣告をされた誰かが書いたものなんだろう。あまり見ていいものではないな。

そう思ってノートを閉じて、受付にこれを届けに行こうとした時、後ろから声をかけられた。


「あの・・・・・」


声をかけられ後ろを振り向く。驚いたが表情にはださない。驚いたのは僕が、声をかけてきた人の顔を知っていたから。表情を隠したのは、彼女はノートと関係なく僕に声をかけてきたのだと思ったからだ。

というか、こんなクラスでも目立たないような僕でも、クラスメイトが余命数年という運命を背負っているという可能性を信じたくなかったんだろう。


「それ、私のなんだ。咲人くん、どうして病院に?」


その頃の僕は、彼女とほとんど話したことがなくてただ、クラスの中心に居ていつも明るいクラスメイトほどにしか思ってなかった。だから彼女が、重大な病気のことをあまり関わりのない僕に知られたという状況で、気丈に笑顔を浮かべられていることに面を食らった。

それでも僕は出来る限り知らないふりをしようとした。それが、僕にとっても彼女にとっても最善の選択だと思った。


「僕はただの予防接種だよ。」

「ああ、そうなんだ。私は心臓の検査にね。診てもらわないと死んじゃうから。」


どういうことだろう。彼女は僕の配慮とか気づかいを、ためらいもなく粉々に砕いた。真意がまったく読み取れず彼女の表情を観察していると、彼女は笑みを深めて僕の隣りに座った。


「びっくりした?それ、『死ぬまでにやりたい事ノート』って言うの、中見たでしょ。」


おすすめの漫画でも紹介するかのように彼女は言った。だから、彼女は僕にドッキリを仕掛けて楽しんでるんだ、とさえ思った。今回はたまたま僕がその標的になっただけだ。


「本当のことを言うとさ、」


ほらネタバラシだ。


「私がびっくりしちゃった。無くしたと思って捜しに来たら、咲人くんが持ってるんだもん。」

「・・・・・・・どういうことなの、これ」

「どういうことって、中見たでしょ。『死ぬまでにやりたい事ノート』だよ。心臓の病気がわかってから、死ぬまでにやりたい事を書いて少しずつやってるの。」

「・・・・・どうせ嘘でしょ?」


彼女は病院内だというのに、腹を抱えて、うわははっと笑った。


「私どんだけ悪趣味な奴だと思われてんの。そんな悪趣味な事しないよ。書いてあることは本当、私は心臓の病気であと少しで死んじゃうの、うん」

「・・・・・・・・・ああ、そうなんだ」

「え!それだけ?なんかこうさ、ないの?」

「・・・・・いや、クラスメイトがもうすぐ死ぬって言われて、なんて言えばいいの?」

「確かにそうだよね。私なら言葉を失って何も言えないかも。」

「そうだよ、だから僕が沈黙しなかっただけ評価して欲しいね。」

「そうだねぇ」


彼女はそう言いながらくすくすと笑った。僕には彼女が何を考えているのかが分からなかった。


「まぁ、何かと大変だろうから困ってるたがあったら言って。出来ることなら協力するよ。」

僕はそう言って、彼女にノートを渡した。

「ありがと。それじゃ、また学校でね。」


そう言って彼女は病院の奥に行ってしまった。協力するとは言ったものの、クラスでも目立たないような僕を頼って来ないだろう、そう思っていた1週間後僕は彼女に呼び出されていた。

―――――――――――――――――――――

 「思い出した?そういうことだから、土曜日の朝9時に駅前集合ね。」


そう言って彼女は、屋上の階段を降りて帰ってしまった。

 そんなことがあって僕は、強制的に彼女の『死ぬまでにやりたい事ノート』を手伝うことになった。

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