誰にも内緒の弔いを

入江弥彦

掘る

 スコップが地面を掘る音があたりに響く。遠くに聞こえる喧噪は、俺たちの秘密を隠すには少し小さすぎた。


「そんなに浅かったら、きっと掘り返されちゃうよ」

「掘り返されるって、誰にですか?」


 手伝いもせずに地面に座ったまま文句を言うユウコさんは、少し考えてから脅すようにわざとらしく低い声を出した。


「野犬とか、ヒグマとかに」


 東京の真ん中の公園にそんなものいてたまるかよ。


 口に出さずに手を止めて無言でユウコさんを睨む。彼女は俺が穴を掘るのをやめたのが不満だったのか、口をとがらせて自分の隣をポンポンと叩いた。白くてきめ細かい手のひらが土で汚れたに違いない。


「お腹すいたならご飯にする?」

「別に、いらないです」

「カレー作ってきたの」


 やけに大きい紙袋を持っているなと思った。


「持ってきたんですか?」

「鍋ごとね!」


  ガザガサと音を立てながら取りだされた鍋には見覚えがあった。


「その鍋って……」

「うちには一つしかないよ、鍋」


 嫌な予感があたって顔をしかめると、ちゃんと洗ってるしとユウコさんが反論を始める。


「少年は子供だからわかんないかもしれないけど、一人暮らしの家なんてそんなもん。君も一人暮らしを始めたらわかるって」

「そういう話をしてるんじゃないです」


 それに俺は子供じゃない。そう返すと、ユウコさんは少し考えてからけらけらと笑った。


「中学生は子供でしょ!」

「子供は一人でご飯を作らないし、洗濯物もしません」

「それは君の家の事情でしょ? それならなあに、君は大人なの?」

「……大人では、ないです」

「宙ぶらりんだね」


 ユウコさんの隣に腰かけて、鍋を紙袋の中に戻す。ずっしりとした質量を感じて、よく紙袋が破れないものだなと思った。


「あたしの子供と一緒、宙ぶらりんな存在」


 愛しそうに自分のお腹を撫でるユウコさんの表情がひどく不愉快で、座ったばかりの俺は再度立ち上がった。


「そこにはもういないでしょ」


 スコップを手に、穴を掘り始める。


「あ、そうだった」


 うっかりしてたとでも言いたげな声音は、隣のベランダから聞こえてきた洗濯物をしまい忘れた時のものと同じだった。

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