第39話 依頼達成報告

 ダンジョンの攻略を終え、日暮れ前にホーカムの街に帰り着いた俺たちは、定宿にしているリアリーさんの探索者ギルドに戻ってきた。



 泥で汚れたガチャの足を綺麗に拭くと、ご飯の匂いに釣られたガチャがレバーを回して先にギルドの中へ入っていく。



「ガチャ―、まだリアリーさんからご飯もらったらダメだぞー。依頼達成の報告と、オークションの話を聞いてからだからなー」



「ヴェルデ様、コートはわたしがお預かりします。先に靴の泥を落としてください」



「すまんな。頼む」



 入口の前で脱いだ革のコートをアスターシアに渡すと、靴の裏に付いた泥をブラシで落とす。



 気にしない連中は、そのまま中に入っていくんだろうけど。



 泥だらけの靴で建物の中に入るのは、気が引けるんだよなぁ。



「おっし、これでよし。アスターシア、コートを」



 コートを受け取ると、アスターシアの泥を落とすのを手伝うため手を差し出す。



「次はアスターシアの番だ。俺を支えにしていいぞ」



「メ、メイドのわたしにそのようなことをされては困ります!」



「今は探索者仲間だろ? 問題ない」



「そ、それはそうですが――」



「問題ない」



「では、失礼して」



 少し困惑した表情のアスターシアは、俺の身体を支えとして寄りかかり、自分の靴の裏に付いた泥をブラシで落としていく。



「ありがとうございました」



「いいってことさ。お互いに助け合わないとな」



「はい、そうですね」



 メイドとしての役割を負っているアスターシアが、ニコリと微笑んでくれると、俺もなんか心がほっこりするんでこういう関係も悪くない。



「あー! ガチャ様ー! まだ、お食事はダメですよー。リアリーさんも騙されてはいけませんからー!」



 アスターシアの声で我に返り、彼女が見ていた入り口の奥に見えるカウンターの方へ視線を向ける。



 そこでは、ガチャが床に倒れ込んで、リアリーさんにお腹が減ったアピールをしている姿をあった。



 俺とアスターシアは、慌ててギルドの中に入っていく。



「2人ともおかえりー。ガチャちゃんがお腹空いてるみたいなのよ。ご飯まだあげてないのかしら?」



「いえ、リアリーさんにもらったおやつも昼食もキッチリと残さず食べましたし、なんなら、帰り道でもおやつと称してヴェルデ様が干し肉を与えてました」



「あらあら、それはちょっと食べ過ぎねー。ガチャちゃん、ご飯はもう少しあとねー。残念」



 床に横になって、お腹を空いたアピールをしていたガチャだが、ご飯がもらえないと分るとスクっと立ち上がり、トボトボと俺の足元に戻ってきた。



「依頼達成の報告と、オークションの話を聞いたら、飯にはするからそれまでは大人しくしといてくれ」



 俺はレバーを回すガチャを抱え上げると、カウンターの席に座り膝の上に載せた。



「さて、今日の成果はどうだったかしら? ウェンリー、達成報告の処理をしてねー」



「はーい、すぐに行きまーす」



 カウンターの中に戻ったリアリーさんの呼びかけにに、奥で夕食の準備をしていたとおぼしきウェンリーから返事が返ってくる。



 しばらくしてウェンリーがカウンターに顔を出した。



「お待たせしました。それでは、依頼の達成を確認させてもらいます。こちらに2人のタグペンダントをお出しください」



 依頼を受けた時も、同じように例の黒いタブレットのような板の上にタグペンダント置いたよな。



 失くすなって言われたのは、身分証としての意味だけでなく、探索者としての依頼受注とか達成の確認ができなくなるって意味もあるみたいだな。



 アスターシアとともに、首から外したタグペンダントを黒い板の上に置く。



「ありがとうございます。では、達成分の依頼を確認しますね」



 ウェンリーが手元で何か操作をすると、黒い板とタグペンダントが淡い光を放つ。



「えーっと、えっと。草木の迷路型Gランクダンジョン、洞窟型Gランクダンジョン、樹海型Gランクダンジョンの3つを攻略されておりますね。間違いありませんでしょうか?」



「ああ、間違ってない。今日の成果は3つだ」



「はい、問題ありません。ヴェルデ様と3つのダンジョンを攻略いたしました」



 チラリとカウンターの中を覗くと、ウェンリーは自分の手元の機器を見ながら、何かを打ち込んでいる様子だった。



 ウェンリーの使ってる機器が思いっきりタブレットとPCか、ノートパソコンみてーな気がするんだよなぁ。



 このシステム、実は『渡り人』が作ったとか言われても驚かねー。



「ふぅ、無事に統一ダンジョン協会へ成果報告されました。褒賞金のお支払いは――」



 ウェンリーの目線が、隣にいるリアリーさんに向かって流れる。



 きっと、まだ覚えていないらしい。



「現金支給か、口座に振り込むかでしょ?」



「でした! どちらにしますか?」



「口座って選ぶとどうなるのさ?」



「えっと、えーっと。あ、これだ! 探索者ギルドに登録されたお名前ですでに口座ができております。褒賞金をそちらに振り込み、世界各地の探索者ギルドで引き出せるようになります! あと、各種取引の決済にも対応しておりますので、現金支給よりか口座に振り込むことをお勧めします!」



 銀行口座みたいなものか。



 たしかに多額の現金を持ち歩くのは、防犯上得策じゃないよな。



「アスターシア、どうする?」



「口座に入れておいた方が無難かと。手持ちの現金はまだありますしね」



 デキムスたちから奪った装備を買い取り屋に売り払った金は、まだ残ってたな。



 急いで金が必要ってわけでもないし、口座に入れておくか。



「じゃあ、口座に振り込んでくれ」



「承知しました。ヴェルデ様とアスターシア様とで均等に分配の振り込みでよろしいでしょうか?」



 そうだな。俺が独占するわけにもいかないし、彼女は彼女で買いたい物があった時、自由に使える金があった方がいいだろう。



「ああ、それでいい」



「ちょっと! ヴェルデ様、わたしはお供しただけで――」



 俺は辞退したそうなアスターシアを手で制した。



「均等分配でいいから」



「まぁ、アスターシアちゃんもヴェルデ君がくれるって言うんだから、お給金と思ってもらっておきなさいな」



「は、はぁ……承知しました」



 リアリーさんに説得され、アスターシアも納得してくれたようだ。



「では、均等分配でお振込みしておきます。褒賞金はそれぞれ75ゴルタの入金になります。入金額を確認しましたら、そちらの板に指を触れてください」



 タグペンダントを置いた黒い板から淡い光が浮かび上がり、ウィンドウ画面を投影する。



 総額150ゴルタの報奨金を2人で分けて75ゴルタ入金されたってことだな。



 目の前には俺の名と口座残高が映し出されたウィンドウが浮かんでいる。



 隣に映し出されているアスターシアの口座情報のウィンドウは、俺には見えない仕様になっている。



 プライバシー管理もバッチリってことか。



 ますます、現代日本人がシステム設計に関与した気がしてならなんだが……。



 黒い板に指で触れると、ウィンドウは消え去った。



「はい、依頼達成報告ありがとうございました。ふぅ、ダンジョンの調査報告の方はやったことがあるんですが、達成報告は今日が初めてでして。緊張しますね」



 額に浮かんだ汗を拭ったウェンリーが、やり切った感を前面に押し出してきた。



 大丈夫だろうか……。報告ミスとかしてないといいだが……。



 リアリーさんも止めなかったし、ちゃんと報告できたと思うしかないな。



「俺たちは明日もGランクダンジョンをいくつか回るつもりだから、よろしく頼む」



 金に関しては稼げるわけではないけど、ダンジョン攻略で金色コインがもらえるのは俺にとって非常に助かるからな。



 強くなれば、ランクが高いダンジョンも余裕で攻略できるようになるだろうし。



 そうすれば、自然と金は稼げるようになるはずだ。



「は、はい! お任せください! ヴェルデ様とアスターシア様の快適な探索者生活を応援させてもらいます!」



 ウェンリーは自分の胸を叩いてサポートを請け負ってくれたが、一抹の心配は否めない。



「その意気ね。頑張ってよ、ウェンリー」



「はい!」



「じゃあ、やる気漲るウェンリーに聞きたいんだが、ここでオークションの画面は見られるのか?」



「ひゃ、ひゃい? オークションですか!?」



 慌てているのが丸見えなので、あまりここではオークションを見る人がいないのだろう。



 リアリーさんも少しだけ驚いた顔で、俺の方を見ていた。



「いや、どんなものが売ってるのかとか、売れる物がないか調べたくて。アスターシアの両親がオークション代行業をしてたと聞いてるので、どんなものか見たいんですよ」



「あらあら、そうなの。じゃあ、ちょっとだけ待ってね。使わないから奥にしまってたはず。ウェンリー、手伝って」



「はい!」



 リアリーさんがウェンリーを連れて奥の部屋に消えていった。

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