中庭のダンジョン

桜月旬也

第1話 ダンジョンが湧いた

ふと気が付くと、中庭にダンジョンが湧いていた。

何を言っているのか分からないかも知れないが、安心してほしい。

言っている当人の俺が一番わかってない。


うちは、子供に恵まれ無かったので妻と二人暮しので、結婚うん十年になる熟年夫婦だ。住んでいる所は、都会とは口が裂けても言えない所だが、都会まで急行を使えば比較的短時間で行ける割りと交通の便の良い所て、長らく共稼ぎで頑張った結果、中古だったが中庭付きのそこそこ使い勝手の良さそうな家を手に入れることが出来た。

家は、買った時には中古の現状渡しという事でそれなりに荒れていたが、幸い二人とも家事やらDIYやらが趣味だった事が幸いして、暇を見つけては便利に使える様にプチリフォーム繰り返し、楽しみながら居心地のいい家へと作り変えてきた。

家の敷地はやや縦軸の長い長方形で、家の形がL字型をしている関係で、庭もやや奥に長い長方形をしている。うちでは使い勝手の都合で、手前側を駐車場やサイクルポートとして使い、奥側を花壇にして季節毎に花を植えたりして楽しんでいた。

妻は土弄りもかなり好きな方で、季節毎にホームセンターなどで花木を買ってきては丹精を込めて花壇作りをしたりして楽しんでいたのだが、まるで親の介護の為に出掛けた隙を狙ったかの様にダンジョンが生えてきて、すっかり台無しになってしまった。


実を言えば、初めはこれがダンジョンだとはわからなかった。

この世界にダンジョンと言うものが発生する様になって、もうなん十年かが経ったと思う。ある日突然、何の前触れも無くダンジョンが出現する様になったので、当時は世界中が大混乱したものだが、人と言うものは置かれた状況になれるもので、そういうモノだとわかってしまえば如何様にも対応できる様になる。

そもそもダンジョンなんてモノは、そうそう行き当ったりするものでは無く、出来たりする様なものでは無いと言うのが世間の認識だ。

実際に、日本にも幾つかダンジョンがあり、大きなダンジョンなどは、厳重な管理の元、貴重な資源の産出元として管理されていると聞く。

なので、家の庭に突然できた大穴を見ても、それがダンジョンだとは思わなかったのだ。


最初にそれを見た時には、業者の手抜き工事か何かで、庭の部分にあった防空壕か何かの跡の穴をきちんと埋めずに済ませた結果、底が抜けたのかと思った。

我ながら、ダンジョンが出来た等と言う事を疑うより信憑性の高い疑いだと思う。

そこで、不動産屋に捻じ込むにせよ、どんなものなのか確認しておいた方が良いと考えて、大型の防災用ライトを片手に大穴の中に踏み入れる事にしたのだった。

後になって考えてみれば、踏み入る事が出来る様な構造の時点で、崩れた穴などであり得るはずも無く、少しはおかしいと思えよと言う話になるのだが、その時は慌てていた事もあって、気が付かなかった。

大穴は駐車場から家に向かって潜り込む様に斜め下へと下っていく構造になっていた。後で冷静になってから考えてみたら、そんな構造で潜り込んでいたら、家の基礎も打てるはずがないので、家が建つこと自体おかしいのだが、その時は違法建築物を掴まされたと言う思いから冷静さを失っており、その事に思い至らなかったのだ。


洞窟は、そのまままっすぐに家の敷地を突き抜ける様に進んでおり、やがて下りの傾斜も殆ど水平な状態に戻って、遂には50m程行ったところで行き止まりとなった。

そこには小さな石柱様のモノが立っており、俺にはそれがお地蔵様や石仏の様に見えたのだった。

その時、日本人であるが故の偶然が、その後の運命を決定づける事になった。

そう、誰もお参りをしていないお社に見えたので、つい、お供えをしてしまったのだ。

その時俺は、防災ライトの他には、念のために着替えた厚手の服と軍手を身に付けており、いつも持ち歩いているワンショルダーバッグをぶら下げていた。鞄の中にはスマホやモバイルバッテリー、ペンなどの簡単な文房具、チリ紙の他には、殆ど何も入っていなかった。また生憎と家にいたので、その時は財布も持ち出しておらず、お賽銭も出し様がなかったのだが、たまたま前日近所のおばさんにもらった飴ちゃんが何粒かそのまま放り込んであった。

普段なら人様から頂いたものをお供えにする様な真似はしないのだが、この時はホントに他に何も供える物がない状態だったので、気は心とお供えする事にしたのだ。

早速お供えをしようと石仏?に近づいたのだが、石仏?は長年放置されていた為か、かなり薄汚れている様に見えた。そこで少し位はきれいにしてあげようと、手拭で汚れを払い、包装紙から出した飴玉をお供えして、柏手を打ってお祈りをした。

それが結果として、ダンジョンを踏破した上でダンジョンコアに触れて服従させる、と言う行為に相当する行為を行ってしまった事になってしまったのだった。


(あぁ、ややこしい)


その日、そのダンジョンコアは、生まれたばかりだと言いうのに幾つもの偶然が重なり大きな不幸に見舞われていた。

通常ダンジョンは、生まれてから暫く(何年間か)の間は、自然界にある魔素を吸収し、ある程度育つまで自然の中に埋没して、外部に向けて入口を開放する事はない。

また、本来ダンジョンコアと言うものは、自然界にある魔素が凝縮して出来るものなので、魔素が溜まり難い人口の密集地には出来る事はめったに無いのだ。

それが、何かの偶然で住宅地に出来た魔素溜まりに出来てしまい、力を貯める間もなく入口が開放されてしまったのだ。

これで、事情に通じた者が来ていれば、このコアの命脈はあっという間にお終いとなり、ダンジョンは倒されてコアのみ持ち去られるか、収支ギリギリの状態で利用されて、ある種の資源採掘場の様に働かされる事になったはずだった。

所が何の偶然か、ダンジョンを訪れた者はずぶのド素人で、有ろうことかコアに触れながらも倒す事はせず、むしろ餌の代わりとなる飴玉を供えてしまった。挙句に自分の素性を知らせてしまったのだ。

その結果どうなったのかと言えば、ダンジョンコアはこの男をマスターと認め、自らを配下としてしまったのだった。

ただし、生まれたばかりで殆ど力を持たないコアであったが故に、何もすることが出来ず、餌を与えてマスターとなった者も、自分がマスターとなった事に気づかずにいた。


後の世に、中庭ダンジョンと呼ばれ、その成長過程を世界に公開してその名を知られていく事になる未成熟ダンジョンとそのマスターの初めての出会いは、この様に過ぎていったのだった。

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