商店街で食べ歩き

うめおかか

寒空の下のたい焼き(ひまり)


 吹き荒ぶ冬の風に耐えかねて、仕事帰りの私は最寄り駅の前にあるスーパーマーケットに飛び込んだ。どちらにしても買い出しをする必要があるので、寄らなければならない場所の一つ。商店街の入り口にあるので、常に人が多くて品揃えも抜群のスーパーだった。週末で冷蔵庫が空なので、買い出しをする必要がある。同棲している彼氏の陸には仕事帰りに調味料を買ってきてもらうことになっていた。寒い寒い夜に食べるお鍋に必要な薬味とか、そして今夜もお鍋。毎日味の違う鍋物でも問題なかった。今日は水炊き、最近リゾット鍋とかこってり系が多かったのでさっぱりと鶏肉が食べたい。

 頭の中で何を購入するか考えながら、入り口でとったかごの中に食材を入れていく。白菜とか長ネギとか、とにかく鍋に使えそうなものを中心に放り込んでいく。多めに買えば土日は家でのんびり過ごせる、私も陸も土日休みなのでとにかく楽をしたかった。

 それから混み合っているスーパーのレジに並んで、最近お気に入りのエコバックに購入した品物を詰め込む。少し厚手の生地で黒一色、控えめに英語のロゴが入ってるだけのバックは、重さのある買い物にぴったりだった。無理をさせてしまうこともあるけどね、いつもありがとうエコバッグ。

 ああ、でも憂鬱だなぁ。

 買い物が終わったら外に出ないといけない、当然だ。

 ……寒いんだよね。

 できることなら、帰ったらすぐにお風呂に入ってしまうか、もしくはこたつでぬくぬくと暖まりたい。けれどその先には面倒くさいと眠気が待ち受けている、ここは気合いを入れるべきだ。

 よし、と心の中で拳を作って外に足を踏み出すと、容赦なく風が体にぶつかってくる。もうぶつかるでいい、吹いて当たるとか生易しいものじゃない。鈍器に近いと思うんだ。

「寒い寒い……!」

 呟きながら歩き始めた瞬間、スーパーの前で臨時で開いている出店に気付いた。香ばしい香りが漂ってくる、これは甘いおかし系! 鯛焼きだ!

 あれは絶対にあったかい食べ物だ、しかも疲れた体を癒す甘い甘い食べ物。これを買わないという選択肢があるんだろうか、ないと声高に叫びたい。私は迷わず出店に駆け寄って、凍えた声で注文する。吐く息が白くなるぐらい、今夜はとても寒い。

「おじさん、鯛焼きあんこのやつ一個ね」

「あいよ!」

 威勢の良いおじさんは、鉄板にのってすでに焼けた鯛焼きを薄い紙で包んでくれた。渡される前に、私は一度荷物を下ろして財布からお金を渡す。ああ、小銭が冷たい。でも温かい鯛焼きが待っている。

「すぐに食べるかい?」

「食べる……忘れてた! もう一つ鯛焼きください、それは持ち帰りで」

「あいよ。じゃ、先に食べて待ってな」

 そう言って私に鯛焼きを渡してくれる。紙に包まれた鯛焼きは、冷えきった指を温めてくれる。じんわりと手が暖まっていく感覚が心地よかった。

 よしこれで陸の分も買った、彼は甘党なので一人で鯛焼きを食べたら羨ましいとずっと言ってくるから。

 受け取った鯛焼きを手に、私は屋台から少し離れた場所で鯛焼きと見つめあった。持ち帰り用の鯛焼きを焼いてもらっている間に、私は目の前のご馳走と見つめ合う。

 魚の形をした鯛焼き、中はとてもとても熱いはずだ。でも私のなかで、食べないという選択肢はなかった。寒さで震える体に仕事が終わった後の空腹、二つが合わさってる状態で鯛焼きから逃げられるわけがない。

 それでも焼きたての鯛焼きは熱くて、勢いで食べてしまうと火傷してしまう。だから私は恐る恐る鯛焼きの尻尾を齧った。香ばしくて温かい皮を齧る、ほんのり甘い。まだ中身のあんこにたどり着いていないので熱くない。

 もう一口齧ると、皮に閉じ込められていたあんこから湯気が立ち上った。口の中は熱い、でも顔面に当たった湯気は冷えた頬を暖めてくれる。

 甘い、幸せの味。しかも温かくて体の中を暖めてくれる。

 ほふほふと口を開けながら、衣とあんこの組み合わせをじっくりと味わう。少しかりっとしてて香ばしい皮、砂糖がたくさん入った甘いあんことの組み合わせは、疲れた体にとても染み渡る。ここに温かい緑茶を飲めば、口の中がリセットされる。それからまた鯛焼きを食べる、延々と食べ続けられてしまう危険な味だった。でも、温かいお茶は持っていない。

 お茶は欲しいけど、鯛焼きの美味しさに負けた私は、冷めないうちに鯛焼きを食べる。

 あんこたっぷりで美味しい、どんどん口の中が甘い味で満たされていく。甘いけど洋菓子よりは食べやすい。それが食べすぎに繋がるのもわかっている。

 寒空の下で食べる鯛焼きは最高すぎる、同棲する前も陸と一緒に食べたけど、あの時も寒くて鯛焼きやさん発見した陸が、神様の贈り物だって喜んでたけど、それはさすがに大袈裟だと思うんだよね。

 いけないいけない、考えているうちに冷めちゃうよね。

 それにゆっくりしすぎちゃうと、夕飯が遅くなってしまう。今は夜の七時、陸が帰ってくる予定は九時、その時間には間に合わせて鍋の用意をしておきたい。

 持ち帰りの鯛焼きは食後にトースターで温めて、皮をぱりぱりにすればいいよね。

 きっと喜ぶだろうなぁ、と陸の嬉しそうな顔を思い浮かべながら、私はあと一口しか残っていない鯛焼きを口に放り込んだ。うん、皮が多いから香ばしい。美味しすぎて変な声が出そうになるけど、ぐっと堪えた。どうやら私は美味しいものを食べると、顔が蕩けているらしい。無意識なので知らなかったけど、陸はその顔を見るのが好きらしい。

 はぁ、ご馳走さまでした!

 まだ口の中に残るあんこの甘さに浸りながら、私はお土産用の鯛焼きを受け取って急いで家に帰る。

「そんなに慌てると転ぶよ、ひまりちゃん」

「陸?」

 声をかけられて振り返ると、そこには首元までロングコートを着込んだ陸が笑顔で私を見つめていた。

「今日早かったの?」

「スマホに連絡したけど、気付かなかった?」

 そう言われて、私は慌てて着ているコートのポケットに手を入れてスマホを取り出した。内容を確認すると、陸から「仕事が早く終わったから帰るね、スーパーで一緒に買い物に行けないかな?」という内容が届いていた。

「ごめん、気付かなくて」

「いいよ、鯛焼きに夢中だったみたいだし」

「え」

 見てたのに声かけなかったの!?

 驚いて思わず落としそうになった材料が入ったエコバッグを、陸は上手にキャッチする。

「だってひまりちゃん、美味しそうに食べてるから思わず見てたんだ。僕の分も鯛焼き買ってくれたみたいだし」

「声ぐらいかけてもいいでしょう……」

「あれは邪魔できないと思うよ」

 苦笑する陸に、私は顔から火が出そうになるぐらい恥ずかしくなってしまった。寒かったのに頬が熱い。

「せっかくだから、夕飯食べていこう。お肉とか買っただろうから、早く食べられるご飯食べればいいよね」

「そうだけどー……」

「温かいうどんを食べよう。お腹が空いちゃって」

「それなら早く食べ終わるかな」

 恥ずかしかったけど、いつまでも恥ずかしがっているわけにもいかない。

 まだ口の中に残るあんこの甘さを感じながら、私は気持ちを切り替えて、陸と商店街を歩き始めたのだった。

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