百四十七話 瑞稀、大暑(三)
金曜日の女子会の、今日のデザートはウエハースの乗ったバニラアイスです。スプーンですくったひとくちを口の中で転がしてたら、涌井さんが言葉を投げてきました。
「ミズキっち、月曜日は定時に上がって灰田さんと消えたでしょ。いったいどこまで行ったのよ。あのあと桜子が落ち込んでたいへんだったんだから」
見ると天童さんがうらめしそうに私のことを見つめています。え、アレにも説明責任が生じちゃうんですか? あわててスプーンを置き、私は釈明をはじめます。
「どこまで行ったなんて人聞きの悪い。あれはアレです。展示会の仕事が軌道に乗ったんで、その中締めの慰労会っていうか。よく会合に使う駅向こうのお蕎麦屋さんで少し飲んだだけですから」
「川端やさんですね、うちの部長も御用達の。けっこういい数字の入った領収書が流れてくるんですよね、あそこ。今週は回ってきてませんでしたけど」
要らないことを言うだけ言って、水晶ちゃんはアイスを口に放り込んでます。おかげで私も、言わなくてもいい情報をさらけ出さなきゃいけなくなるし。
「会議費なんかじゃなくて、フツーにご馳走してもらったんです!」
またまた目線がきつくなる天童さん。水晶ちゃん、ホントいいかげんにしてよね!
私の口調に怒気を嗅いだのか、まあまあと取り成すように涌井さんが絡んできました。
「お忍びって言うにはたしかにオープンなとこね。で、二次会は?」
涌井さん、私のこと完全に犯人扱いしてますよね。
このひとたちの場合、本気なのか遊びなのかわかんないんです。少なくとも天童さんだけは本気九割だし。
あーー。もういっそ、天童さんに引導渡したぁい!
「ないですよ、二次会なんて。九時前にはお開きして真っ直ぐおうちに帰りましたって」
「ひとりで?」
「決まってるじゃないですか、ひとりでに!」
めんどくさーい。
これはもう、是が非でも話題を変えて矛先を別方向に向けなくちゃ。
「それはそうと、知り合いの話なんですが」
「その知り合い、オトコ? オンナ?」
「女子ですよ、女子。そのひと、中途半端に別れた元カレがいて今でも同じ街に住んでるんですけど、最近になって言い寄ってくる別の男の人が現れて、たまにお茶とかお出かけとかするようになったんですって」
ごめんなさい栄さん、灰田さん。私、話のネタが他になくって。背に腹は代えられないんです。
「ふんふん、それで?」
方向転換は無事成功したようです。でも、こっちの話題の軟着陸もなんとかしないといけません。
「元カレの方も何とかよりを戻したいって思ってるっぽいんです。ボタンの掛け違いみたいなお別れだったらしいし」
三人ともアイスの手を止めて乗り出してきてる。そんなに好きなの? この手の話。
「で、ある日、言い寄って来てる方とデートみたいなお出かけをしてたら、その元カレとばったり会っちゃったんですって」
「それ、ホントにお知り合いの方のお話なんですか?」
と混ぜっ返すのは水晶ちゃん。涌井さんも、天童さんまでもが疑惑の目で私を見ています。なぜ、そうなる?!
「知り合いですよ、私じゃない。これはその知り合いから聞かされた相談話です。どうしたらいい、って」
「なんかマンガみたいですね」
「それもスマホの縦読みの奴な」
水晶ちゃんと涌井さんが脊髄反射みたいな思いつきを挟んできますが、これはある意味良い兆候なのでしょうか。
「その彼女さん、どちらの殿方の方を想っておられるんですか?」
まともで、ある意味一番厄介な天童さんの反応に、私は細心の注意を払って応えます。
「なかなか本心を話さないひとなんで、その子。でも私の見立てでは、気持ちが残ってるのは元カレの方じゃないかな、と。ただ言い寄ってくるひとのことも別に嫌いじゃなくて、気楽に付き合えるのはむしろそっちかもって感じ」
「知り合いってのが『ミズキの死んだともだち』なんかじゃないと仮定して答えると」
なんですか涌井さん、その慣用句的言いぐさは!?
「復縁を言い出せずにうじうじしてる元カレよりも、積極的でがんがん来るイマの男の方がよほどいいと思う。だってその方が楽そうじゃない。まぁ、知らんけど、だけどさ」
「そうですね。私も新人クンに一票です。一度生じた誤解は、今後の火種になりますしね。ここはまっさらな道をお薦めするのが吉ってもんじゃないですか」
水晶ちゃんも涌井さんに同調してます。なるほどねぇ。今後の火種、か。
「私は反対です。お知り合いさんも元カレさんもお互いがまだ心残りなんですよね。そうだったら、まずはそのふたりがちゃんと向き合うところからはじめないと。そうしなかったら、それこそ新しい方との間にできる今後の火種になっちゃいます」
天童さんらしい正論。でも私もそっち側かな。
栄さんと灰田さんは、やっぱりちゃんと正面から向き合うべきだと思う。お医者様のことは、そのあとで考えればいい。
*
パース画のお部屋に感化されたわけでもないのだけれど、日曜日の昼間はひさしぶりにお部屋の模様替えなんかやっちゃいました。といっても動かすもの自体がたいしてないので、途中からは単なる棚の整理になってたりして。それでも要らなかったものを随分処分できたから、よしとしましょう。
モノに罪はないけれど、直人から貰ったもので今後あまり使わなさそうなものは、思い切って全部捨てることにしました。彼が贈り物魔でなかったことは救いです。だってまだぜんぜん使えるものを捨てるのって、やっぱり心にくるじゃないですか。
適度な疲労と達成感とがないまぜになった身体を、西日から陰になる側に移動させたソファに投げ出して、しばしの休息。誰も見てないから、寝ころんでスマートフォンなんかいじっちゃいます。
数日開いてなかったツイッターでもしちゃおっかな。模様替えだん、とかツイートしたりして。
そんなどうでもいいことを考えながらタイムラインを辿っていたら、このところ見かけてなかったひとのツイートが目に飛び込んできました。それも三本も!
「蔵六さん、なんか本気で再開してるよ!」
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