二話 笠司、朔日
青森の実家に帰るカジ先生を東京駅で見送って、僕と弟は横浜の実家に足を向けた。正月午前のJRは参拝に向かう晴れ着姿の家族や少し疲れた若者たちでそこそこ混んでいる。前者は川﨑大師か鶴岡八幡宮に向かうだろうし、後者はオール帰りで間違いない。
僕らはひとつずつ空いていた席に別々に座った。僕の向かいの七人掛けの右から二番目に
遅くまで雑談していた所為か、ほんの数分も保たずにリョウジは船を漕ぎ始めた。よく似た、でもあまり似てない僕の双子の弟。僕の数倍志が高く僕の数十倍努力家の、自慢の弟。だから僕はこいつが少し苦手だ。
結果を出して裏付けもあるから、リョウジの性格は真っ直ぐだ。誰もが彼を認め、誰もが彼を愛す。悪意を向けられることが無いからヒネる要素もない。そう。キャラクターで言えば『タッチ』の和也だ。イケメンでエースで勉強もできる、早世した双子の弟。いや、リョウジが早死にするなんてことはないし、そんなことを願ったりもしてない。というか、早死にしてもらったら僕が困る。あいつにかかってる期待の肩代わりなんて逆立ちしたってできやしない。リョウジが元気で結果を残し続けてくれてるおかげで、僕は自由にできているのだ。
それでも中学までは、少し面倒に感じていたことは認めざるを得ない。顔や成績は変わらなかったが、主に生活態度でリョウジの方が受けが良かった。その違いはクラスでの人気や交友関係に如実に跳ね返ってくる。そんなワケだから志望高校を別に設定したのは当然とも言える。県下では同じくらいの進学校。どちらに入っても、同じ程度に賞賛される志望校だったが、リョウジはどっちでもいいと言っていた。あいつは迷うことなく家から近い方を選んだ。でも僕はわかっていた。リョウジは僕がなんとしても行きたいと思っていた高校を、中二の終盤以降志望校から外していたことを。
昨夜思い出したのは鷹宮皐月さんのことだけじゃない。彼女との記憶以外にも、忘れたくない忘れちゃいけないエピソードがたくさんあるし、喪ったものも多くあるだろう。もちろん、
だから僕は手を動かして憶い出す。いま憶えてることを蒸着させ、忘れかけてることを再構成して、短くてエモい文章にまとめるのだ。そうすることで、自分の輪郭を自分でも見えるようになるはず。そして完了すれば、自ずとその先の来し方も顕われてくるに違いない。
最初はなるべく初めから、できるだけ順番に。でもそれに縛られることはない。問題なのは憶い出すことだ。順番は二の次。
スマートフォンを開き、僕は最初の百四十字に取り掛かる。電車はまもなく最寄駅。向かいの弟が目を覚まし、こっちを見て笑った。
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