第5話 見慣れた天井
気がついたら見慣れた天井だった。
もう何回も、いや何百回も訪れた場所なのですぐにここがどこなのか把握できた。
「学園の保健室か」
気を失って目が覚めると保健室のベッドの上という光景を何度も繰り返していたので状況を理解するのに時間はかからなかった。
でも今までとは1つだけ違うことがある。夢じゃなければ俺は初めて決闘で勝つことができたんだ。
その証拠に右隣のベッドには先程決闘をしたララさんが寝息をたてて眠っていた。
初めての勝利⋯⋯長年待ち焦がれたものだったので何か沸き上がるものがあるのかと思ったけどそうでもなかった。それもそうか⋯⋯俺の目標は決闘に勝つことではなく魔物から世界を護ることだ。このくらいのことで満足しない自分に安堵する。
「おやおや、せっかく初勝利を上げたというのに怖い顔をしてるねえ」
ベッドの左側から声が聞こえてきたので振り向くとそこには椅子に座り脚を組んだ妖艶な女性がいた。
「気配を消して側にいないで下さいっていつも言っていますよね⋯⋯スルンさん」
この白衣を着た
元々スルンさんは俺の親戚で剣の指導をしてくれていたので昔からの知り合いだった。だが4年前のある日、魔物がクワトリアの街を襲って来た時に俺は左眼を負傷してしまい、スルンさんは俺の眼を見えるようにするために自分の眼を移植してくれたのだ。だがそのせいでスルンさんは神器が使用出来なくなってしまいスレイヤーを引退することになってしまった。
もしスルンさんがスレイヤーを続けていたら多くの魔物を倒し、多くの人を救っていたはずだ。だから俺は例え神器が最弱であろうとスルンさんの代わりに皆を護れるスレイヤーにならなければいけないのだ。
「それを言うならここではスルン先生と呼べと言っているだろうが」
「スルンさんが気配を消して俺の側に来なければ従いますよ」
「それはできない。ユウトの反応を見るのが面白く⋯⋯いや修行のためにな」
スルンさんは人をからかうのが趣味らしくてたまにこういう風に俺の反応を見て楽しんでいるんだ。
だからここで突っ込んでスルンさんのペースに乗ることは悪手になるので黙っている。
「相変わらずユウトは意地悪だなあ」
「これが俺の通常運転です」
「まあそんなことよりこのお姫様に勝ったようだな」
「お姫様?」
「なんだ、知らないで決闘していたのか。このララと2人をここに運んできたルルはドレストの領主の娘だぞ」
「領主の娘!?」
ドレストは世界に残っている5つの都市の内の1つだ。領主の娘とはいえ、外の世界はいつ魔物に襲われるかわからないため余程の戦力を集めないと都市間の移動など不可能なはずだ。
しかしよくよく考えてみるとAランクの魔力を持ち、Sランクの神器を持つララさんが入れば都市間の移動を行うことは難しいことではないな。
「でも何でわざわざ領主の娘がクワトリアに来たんだろう?」
俺は疑問に思っているとその答えはすぐ近くから返ってきた。
「ドレストにいても強くなれないからよ。めぼしい人は全部倒しちゃったからクワトリアに来たの」
「ララさん!」
「いたたっ! 女の子のお腹を攻撃するなんて酷い人ね」
ララさんは腹部を抑えながらベッドから起き上がるが表情が少し辛そうだ。
「ご、ごめん」
「冗談よ。私も貴方を傷つけたしね。それより貴方の名前を教えてくれないかしら。私に勝った相手の名前を知っておきたいわ」
「俺はユウトだ」
「ユウトね。貴方のような強者と戦えるなんてここに来て良かったわ。きっとこのクワトリアで上位の実力を持つスレイヤーなのね」
「え~と⋯⋯」
むしろその逆で最下位のスレイヤーですなんて言いにくいな。だがそれは俺の事情でスルンさんはさらっと答えてしまう。
「ユウトはこのクワトリアの誰よりも最弱で決闘は0勝1,000敗だぞ。おっと⋯⋯さっき初めて勝利したから1勝1,000敗だな」
「1,000敗!? 冗談でしょ?」
「本当のことだよ。初めて神器が覚醒してそれでララさんに勝つことが出来たんだ」
「そういえば何なのよあれは! まるで私のクラウソラスそっくりだったわ」
ララさんの言葉は正しい。
「ルルくんに聞いただけなので予測しかできないがユウトの神器の覚醒の能力は⋯⋯秘密にしておきましょう」
「秘密!?」
「人の能力をペラペラと喋る訳にはいきませんから」
相手の神器の能力がわかればそれだけでアドバンテージを取れるからな。
「確かにそうね。神器の能力はスレイヤーに取って大切な情報だわ。それなら別の質問をいいかしら?」
「どうぞ」
「今まで決闘で1,000敗してたってことは私との戦いの最中に覚醒したのよね? その条件を教えてもらってもいいかしら?」
覚醒の条件? それは人によって違うから聞いても意味ないように思うけど⋯⋯。それにララさんは既にクラウソラスを覚醒させているから質問の意図がわからない。
「俺のファーストアギトの条件が決闘で1,000敗することでした」
別に教えて減るものじゃないので俺は正直に覚醒の条件を答えた。
「なるほど。ユウトの不屈の精神が生んだ能力といった所ですか」
「確かにそうね。普通1,000敗もしたらスレイヤーの道を諦めるわ」
「俺はどうしてもスレイヤーになりたかったからね」
スルンさんを越えるスレイヤーに。
「ありがと。参考になったわ」
何の参考になったかわからないけどとりあえずララさんの役に立てたなら良かった。
「でも今回は勝ちを譲ったけど次は負けないからね」
「次も勝ってみせるよ」
強敵であるララさんと切磋琢磨していけばきっと俺はもっと強くなれる。
俺はララさんが差し出してきた手を取りガッチリと握手をする。
「2人とも爽やかな挨拶はそのへんにしてまずはララくんの住む所を案内するよ」
「そうね。転校初日に裸を見られたり決闘したりと色々あったから今日は疲れたわ」
「うっ! それは⋯⋯」
「まあ決闘に勝ったからそれは不問にしてあげるわ」
「ほら、2人とも行くよ。ルルくんが先に行って部屋の準備をしてくれているから」
「わかったわ」
2人とも? 何で俺もララさんが住む部屋に行かなくちゃならないんだ?
俺は引っ越しの手伝いでもさせられると軽い気持ちでスルンさんについていったが、この時の俺はスルンさんがニヤリと悪い顔をしていたことに気づくことができなかった。
「えっ? ちょっと待て。何でここに⋯⋯」
「それはララくんがここに住むからに決まっているじゃないか」
スルン先生が爽やかな笑顔で案内した場所。それは学生が住む寮で俺の部屋の前だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます