第29話:不意打ち

 数は十二。

 俺たちが一か所にとどまっていたことで、二手に分かれていた敵が集まり、俺たちを囲むように姿を現した。


 全員、武装している。装備だけ見るなら、前衛タイプが十、残り二が魔法士といったところか。


「何で子供がこんな樹海の中にいるんだ?」


 その中で、一際威圧を放つ男が肩をすくめて言う。

 他の者たちは完全に戦闘態勢だが、この男だけは、剣をぶらぶらとさせ、まるで自分は戦う気がなさそうな感じだ。


「逆にこっちが聞きたいわ。むさくるしそうな男が大勢でこんな樹海の中で一体何を? 冒険者っていう感じでもないけど」

「あー、ちょっとウサギ狩りをね」

「その訛り、ノースライトね」


 キャシーの指摘に対して、ちっ、と舌打ちが聞こえた。


「グラドの姿が見えねぇな、お前らがやったのか?」

「さぁ、誰のことかしら」

「あいつがそう簡単にやられるとは思えねぇが、三対一なら、まあ、仕方がねぇか」


 俺は心の中で安堵の息を吐いた。俺がカウントされていない。


「で、どうするんだ? この人数差で抵抗しても無駄だろ? 剣をしまってくれれば、こっちも悪いようにはしないが」

「それで私たちはどうなるの?」

「残念だが、男は死んでもらうがな。お前ともう一人の女は生かしてやるよ」


 キャシーとディージィは生かすつもりなのか。


 ということは、ノースライトの正規軍が偽装しているというわけではなさそうだ。

 もしそうだとしたら、この現場を見られたのであれば、目撃者は消そうとするだろう。きっと、落ち延びた盗賊か何かに違いない。


「ノースライトのおじさん、ちょっと待って」

「あ? 子供は黙ってろ」


 明確な威圧を放たれたが、俺は意に介さないように話を続ける。


 さっきから、話を進めているのはこの男だけだ。他のやつらは、きっとこいつの合図がなければ動かない。

 おそらくリーダー格の人物なのだろう。


「いや、僕ね、ヴァリアントの商人の息子なんだけど、このお姉さんたちに頼んで、樹海で魔獣狩りっていうのをやりに来たんだけど、僕は助けてくれない? 人質として価値があると思うんだけど」


 そう言いながら、一歩前に出る。


 俺は腰に二本の短剣を帯剣している。不審がられないように、魔獣狩りを体験しにきた、という作り話をする必要があった。

 そして、彼は警戒しなかった。子供だと侮っているに違いなかった。


「それでこんなガキが樹海にいるのか。お前ら、こいつのお守ってわけか?」

「余計なお世話よ」


 キャシーが顔を引き攣らせて言い返す。

 横目で彼らのやり取りを見ながら、俺は、相手を刺激しないように、さらにゆっくりと前に出る。


「エキスピアスっていう大商人の名前、聞いたことない?」

「知らねぇな、ウェスクの商人の名前まで把握してねぇもんでな」

「人質としてすごく価値があると思うんだ」


 咄嗟に、適当に前世の自分の名前を口にする。要は、相手が信じてくれればそれでいい。

 話がしたい、という雰囲気を出しながら、さらに一歩前にでる。


「生意気なガキだな」

「別に子供一人生かしたところで問題ないでしょ。僕は死にたくないんだ。お金がいるなら、お父さんがいくらでも払ってくれるし」

「護衛は見殺しかよ。むかつくガキだが、まあ、悪い話ではねぇな」


 さらにゆっくりと前に進み、男との距離を縮める。まだだ、まだ射程範囲外だ。

 もっと、もっと、近づく必要がある。


「おじさんたちは盗賊なんでしょ?」

「盗賊? 違うな。まあ、だが似たようなもんだ。お前らはそんなことは気にしなくていい」


 盗賊ではないのか。それじゃあ、軍からの離脱者か、反乱分子か、それとも傭兵崩れか?


 まあ、それをしったところで仕方がないか。

 俺がすべきことは、ただ、だらだらと話を続けながら、距離を縮めることだけだ。


「でも、おじさんたち、樹海にいつまでもいるわけじゃないでしょ。ウェスクで食べるなら、お金がいるでしょ」

「小賢しいガキだな」


 だが、男は一瞬黙ってしまった。おそらく、頭の中で色々と計算をしているに違いない。

 俺は両腕を広げ、無抵抗であることを示しながら、一歩、また一歩と男に近づいていく。


「僕は死にたくないんだ」


 男は黙ったままだった。


 考えろ。そうやって、俺への警戒を解いたまま、俺の人質としての価値を考え続けろ。

 その間に、俺はさらに男の元へと歩みを進めることができる。


「だから、ねぇ、僕は助けてよ、死にたくないよ」


 哀願の意を込めて、俺は弱弱しい、怯えた子供を演じた。

 男は考えがまとまったのか、苦笑した。


「いいだろう、お前は助けてやるよ」

「じゃあ、商談は成功したということで、握手しよ」

 

 そう言いながら、さらに一歩前に出る。

 男は訝しそうな眼で俺を見ていたが、訳のわからねぇガキだな、と呟きながら無手のほうの腕を差し出した。


 そして俺はさらに前に一歩出る。

 射程圏内。


 剣を抜き、身体強化をかけて、男の眼前へと跳躍した。


「やっぱり、やーめた!」


 そして、男の喉笛を掻き切った。

 血しぶきが飛び散り、俺の頬を濡らす。


――炎弾


 着地と同時に、十一の炎の球を全弾、残りの敵に向かって放つ。

 彼らは完全に無防備だったようで、九人に直撃する。残念ながら、残りの二人には回避されてしまった。


「キャシー! ライネル!」


 俺が叫ぶよりも前に弓に矢を番えていたようで、炎弾を避けた一人の右目にキャシーの放った矢が刺さっていた。

 ライネルもすでにもう一人を袈裟懸けの一撃で斬り殺していた。


 ここからは乱戦になる。


 まずは、魔法士から仕留めないといけない。魔法士とみられる二人に狙いを定め、さらに炎弾を放ち追撃する。

 すでに初撃をくらっていた二人は、さらに迫ってくる炎の球を腕で防ぐことしかできなかった。


――加速


 接敵し、足首を斬り裂く。そのまま、倒れた相手のうなじを掻き切った。

 

「う、うわぁ」


 慌てて手をかざし、魔法を放とうとするもう一人の魔法士に左手の剣を投擲する。それは、相手の頬をかすめた。

 その一瞬の隙を見逃さず、俺は相手の右側から距離を詰める。


――斬環


 体を回転させながら、伸びきった腕に斬撃をお見舞いする。

 悲鳴をあげて尻もちをついた相手の首に、そのまま右手の短剣で刺突を放った。

 これで五人。

 残りの敵は七人。


 振り返ると、地面を穿つ衝撃波が敵に向かって放たれていた。

 ライネルの戦技か。かなりの威力で、まとめて二人を吹き飛ばしていた。


 キャシーはさらに矢を放ち、一人、二人、と次々と仕留めていく。

 同時に、ディージィが風刃を発生させ、剣士の腕を斬り落としていた。


「化け物が!」


 正面から横薙ぎの剣が俺を襲う。

 だが、その剣筋は子供の俺を相手にするには高すぎた。

 

 俺は姿勢を低くして、簡単に躱すと、右手の短剣を上方へと振り払う。

 男は手首を切られ、あうあうと言いながら、剣を地面に落とした。


――炎槍


 ありったけの魔力を込めて生み出した炎の槍を、男にめがけて解き放つ。

 男は火達磨になり、悲鳴をあげながら地面を転がり、そしてすぐに動かなくなった。


 残りは一人、そう思って視線をやると、すでにライネルと斬り合っているのが目に入った。相手の剣戟をラウンドシールドでいなすと、彼は横薙ぎの剣を払った。相手の男の首が宙を舞う。飛び散った血が、ライネルの体を濡らした。


 ディージィが放った風刃で腕を落とされた男が、発狂するかのように叫んでいたが、しばらくして何も発さなくなった。失血で死んだのか、気を失ったのかもしれない。


 そして、静寂が訪れた。


「終わったみたいね」


 警戒はまだ解かず、キャシーが視線を辺りに散らしたまま、呟くように言った。


「そこのやつはまだ死んでねぇはずだ。俺の剛撃で意識を失っているだけだろう」


 ライネルが視線をやった先には、吹っ飛ばされて地面に横たわった二人がいた。

 あの衝撃波の戦技は、剛撃か。


「一人は残しておいて。どこの誰なのかは知っておきたいわ」


 冷徹とも言えるキャシーの言葉に、俺は特に驚きはしなかった。こちらは四人しかいないのだ。二人も残しておいて対処するのは安全だとは言えなかった。


 ライネルが剣を突き刺し、二人のうち一人の命を刈り取る。そして、残りの一人を何度も蹴り上げ、目を覚まさせた。


 目を覚ました男を、キャシーが尋問し始める。

 どうやら、彼らはノースライトの傭兵で、所属していた傭兵団の中で内輪もめがあり、樹海に逃げてきたらしかった。


 ウェスクでやり直すつもりだった、仲間はこれで全員だ、そう彼は主張した。


 一通り話を聞き終えると、キャシーは視線でライネルに合図をした。

 言葉を交わすことなく彼女の意図を理解したのか、ライネルは残った最後の男の首を掻き切った。


「良かったのか? 一人ぐらいなら連れていくこともできたと思うが」

「別に構わないわ。樹海の中の出来事は、樹海の中で終わらせるべきだし、それに今はアランもいないから、連れて帰っても面倒なだけよ」


 キャシーが俺に視線を向ける。それは、責めるようでもあり、呆れるようでもあり、形容しがたい眼差しだった。

 後々の話が面倒そうだな、と俺は独り言ちた。


「言いたいことは山ほどあるけれど、ここに長居はできないわ。急いで帰るわよ」


 索敵にもう敵の反応はなかった。

 だが、他に隠密持ちがいないとも限らない。まだ気は抜けなかった。


 それでも、十二対四の差をあっさりとひっくり返して、俺たちは無傷でどうにか切り抜けることができた。

 こうして俺の、ノルドとしての初めての殺しは幕を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る