第60話 ゲーム
~前回までのあらすじ~
イザナとツチミヤの戦いは常にツチミヤが優位だった。イザナは説得を試みるが失敗、山の底へと逃走する。地底湖の奥底の暗闇の中、現れたのはシノ様?
しかしシノ様を狙うツチミヤもまた、イザナを追って姿を現した。
***
「おお……っ!」
イザナは絶炎をまとった身体ごとツチミヤに突進した。
しかしツチミヤの身体はそれほど鍛えているようには見えないのに僅かも揺るがない。いや、何かの力で止められているのだ。
炎もおそらく、届いてはいまい。
一瞬の均衡の後、逆にイザナの方が吹き飛ばされることになった。
「無駄だよ。いくら君が人の身に見合わぬ広大な魂蔵を持っていても、所詮は一人の人間に過ぎない。山の霊脈と同化した僕に、勝てるわけもない」
ツチミヤは少し自嘲的な調子で首を振った。
イザナは地を這い、ツチミヤの足許に這いつくばる。
「頼む。あの子はやましいところもなく、ただ善良に生きているだけなんだ。アマミヤとも関係はないし、あの子自身にイツツバを使う力もない!」
「そうだな。そして、アスミもまたそうだった」
また繰り返すのか、と問われ、イザナが言葉に詰まった。
「心配するな。確かにイツツバを破壊すればあの娘の命はなかろうが、次の生では多少霊力が強いだけのただの人間として生まれるだろう。その時に改めて、お前が守ってやればいい。
それに転生体とは言え、あの子は君のアスミとは違う人間だ。それを混同するべきではない」
人影はゆっくりと近づいてくる。
「こちらに来てはいけない!」
イザナは叫んだが、人影が歩みを止める様子はない。
おそらく聞こえていないのだろう。
イザナはツチミヤの足を掴んだ。
「それは闇の内より生ず……」
「いい加減にしたまえ」
ツチミヤはふぅと息を吐き、さっと両手の指を交差させた。
一瞬、ぬるりとした闇がうごめく気配がした。
「っがぁあああ!」
イザナの叫び声を同時、ボクも身体中に走った痛みに絶叫していた。
なんだ、何が起こった……?
おい、イザナ。
死んだのか……?
ボクは急速に身体から力が失われていくのを感じた。
ボクの身体はあちこちを見えない杭のようなもので貫かれ、動けない。
生身だったら即死だったろう。
いや。
どちらにせよ、このままじゃいずれ死ぬ。
「許せよ、我が友よ。せめてアスミと同じところに送ってやろう」
嫌だ、ダメだ。
死にたくない。
ボクはまだ、全然生きてない。
やりたいことがたくさんある。
シノ様にも、あとついでにアズマとかにも、お別れを言ってない。
おやじさんの料理が食べたい。
シノ様と初めて食べた干し杏も、もう一度、二人で食べたい。
あと……。キスした時のこと、あんまり覚えてないんだ。今度はちゃんと、もしできたら、シノ様から……。
ああ、ボクはどうしてこうバカなんだ。
欲しいものはすぐになくなってしまうから、すぐに手に入れなきゃいけないんだって分かっていたはずなのに。手をこまねいていたら、欲しいと思うことすらできなくなってしまうんだって、分かっていたはずなのに。
おい、イザナ。
起きろよ。今度こそ守りたいんだろう。
お前は、また繰り返すのか!
ボクの声が聞こえたわけじゃあるまい。
イザナはピクリとも身体を動かさないまま、ぼそぼそと詠唱を始めた。
「それは闇の内より生ずる。明滅し、連なりゆくものなり。遥か時を渡りゆくものなり」
ツチミヤの身体に草のツルが巻き付いた。
それは見る見るうちに大きさを増し、ツチミヤの身体を包み込んでいく。
ああ、だが。
これは、まずい。何かがおかしい。
穴の開いた風船のように、急速に何かがしぼ萎えていくのが分かる。
それはイザナという存在だ。
ボクの身体を絶対的に支配していたものが薄らいでいく。ゆっくりと、身体がボクに還ってくる。
ツチミヤはイザナの最後の術に抵抗する様子はなかった。
ただ寂しそうに微笑んで見ているだけだ。
「ねえ、名無しの君よ」
イザナの声が聞こえた。
……なんだ、不法占拠の君よ。
「ここを切り抜けたら、アマミヤ宗家の宝物庫へ行きなさい。そこに抜け殻となったイツツバの呪本があるはずだ。シノさんの魂からイツツバを解放し、呪本へ封じ直すんだ。術式はおそらく、ミドウが持っている」
切り抜けたらって……、この状況でよく言えるね。
「大丈夫だ。ツチミヤは、さっきも言った通り悪い奴じゃないからね。なんだかんだ言って見逃してくれるはずさ」
「勝手を言うな」
もう大木のようになったツルに身体を埋めさせたツチミヤが、ふんっと不機嫌に鼻を鳴らした。
「僕の知らないところで死なれたら、また一から探し直しなんだぞ」
「すまない……、世話になるな」
ツチミヤはふっと表情を緩めて、全くだ、と呟いた。
それから何か言おうとしたかもしれない。
けれどツチミヤの声を遮るように、一つ声が聞こえた気がした。
「イヅル!」
その瞬間、ボクはふっと我に返るような心地がした。
イザナの存在が感じられなくなる。
身体がボクに還ってくる。
そうだ、ボクはイヅル。
名無しの君でもなく、イザナでもない。
ボクは、イヅル・ツチミヤだ。
ボクの目の前、闇の中にぼんやりと浮かび上がる光は、シノ様の魂だった。
ボクがそっとちぎれかけた腕で触れると、そこはシノ様の顔になり、肩になり、腕になった。
シノ様は泣いていた。
「イヅル!」
シノ様はまだほとんど朧げな身体のままでボクにしがみついた。
「大丈夫?どうしたの、これ。生きてるの?」
「あ、はい。たぶん。どうでしょう?」
「魂の傷だ。イザナに守られたようだが、身体に戻り修復に努めねばじきに壊れる」
ツチミヤが素っ気なく言った。
シノ様はその声に初めてツタの中に埋もれたツチミヤの姿に気づいたようだった。
「師匠……?」
「そうだ。全く奴め、僕の分身のくせに何を考えているのだか」
ツチミヤはぼやいて、しっしと手を振った。
「弟子を殺す趣味はないし、イザナの願いだ。仕方ないね、ゲームとやらに乗ってやろう」
イザナ……。そうだ。
イザナ、あいつはどうなった?
「イザナは最後の力で僕を封じ、眠りについた。もうしばらくは、もしかしたらもう、目覚めることはないだろう」
「そう、ですか……」
イザナ、いい奴だったのに……。
って、いや、いや。
勝手にボクの身体を乗っ取って好き放題やっていった奴がいいなわけないだろ!
ツチミヤが神妙な顔をしているから雰囲気に乗せられかけた。
まあ、あいつがいなければボクはなにも分からないままシノ様を失っていたんだろうから、感謝してやらんこともない、けども。
「さて、興が冷めたな。ゲームのルールを決めてしまうとしようか」
ため息交じりに言ったツチミヤは、なんだかだらけた感じの雰囲気だ。
イザナがいなくなって張り合いがなくなったのかもしれない。
しかし、ゲームはイザナが残してくれたシノ様を守るための手段だ。
ボクは表情を引き締めて頷いた。
「ボクは何をすればいい?」
「イツツバを呪本へ封じ直し、それを破壊しろ。それができれば君の勝ちだ。シノ君は君にやる。どうにでも好きにするといい」
「分かった」
「えっ」
「しかしできなかったり、あまり時間をかけすぎたりするようならシノ君は僕がもらう」
「うん」
「え?」
「だがペナルティはつけるぞ。
君には僕の分体をつけておく。僕は君を監視し、もしも君がゲームを忘れたり、シノ君を守るに不足だったりすると判断すれば……。そうなれば、ある日突然君の腕が大切なご主人様を絞め殺すことになる。心しておくように」
「う……はあ?」
ボクは思わず、ガラの悪い感じで睨みつけてしまった。
「えっ……。ねえ、どうしてそういう話になってるの?」
シノ様は困惑して縋るような目でボクを見る。
あ、でもごめんなさい。
ちょっと今、大事な話をしてるので後にしてくださいね。
「ふざけるな。それならあんたが勝手に心変わりしたってボクには分からないだろう!」
ボクの怒鳴り声に、ツチミヤは面倒くさそうに首を振った。
「勘違いしないでくれよ。元々対等なゲームじゃない。
僕はイザナのたっての願いで譲歩してあげているだけだ。今だって、気が変われば僕は一呼吸のうちに君とシノ君をばらばらにできる。
君はイザナの転生体かもしれないが、イザナとは違う。君に、僕に意見したり拒否したりする権利はないよ」
ボクは言葉に詰まってツチミヤを睨みつける。
ツチミヤは傲然とボクを見下ろしている。
シノ様はさっきからボクの身体を支えながら困った顔でおろおろしている。
こんな時に言うことではないかもしれないが、おろおろしているシノ様は可愛い。
「話は終わりだ。精々僕を飽きさせないでくれよ」
ツチミヤがぞんざいに手を振ると、猛烈な風にあおられたような感覚があった。
そして次の瞬間には、ボクは深い森の中にいた。
~~~~~
※ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
ミドウ、イザナ、アスミ、アマミヤ、イツツバと、出したかった名前がようやく出そろってきました。
次回からフミル王国でのアマミヤ家との対決とその顛末を描く完結編を書いていきます。
ふーん、まあまあね、と思ってくださったら、評価を入れていただけると励みになりますので、よろしくお願いします!
それでは、今後ともお付き合いください!
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