第7話 師匠

~前回までのあらすじ~

 呪術師の修行をしていたけれど、さっぱりできなかったところに、シノ様の師匠が現れた!

 シノ様なぜかぶちギレて怖いです……。


 ***


「今更どの面下げて戻ってきた。師匠ぉおお!」


 しょおお、しょおお、とエコーがかかりそうなほどに叫んだシノ様は、懐から手のひら程度の紙を一枚取り出し、叩きつけるように剣の腹に張り付けた。

 紙はそのままひらりと地面に舞い落ちたが、気にすることなく斬りかかる。


「えっ、ちょっと待ってよ。えっ、マジでキレてる?何で?」

 初老の男はちょっと慌てた様子で、今度はシノ様の剣を避けた。


「何でって、分からないつもりなんですか。このっ、この!」

 シノ様は殺気のこもった剣筋で何度も斬りかかる。


 しかし当らない。

 ひらり、ひらり。

 それでも気にする様子もなく、シノ様は男に突っ込んでいく。


 ボクは突き飛ばされて転んだ先の地面に座って、その様子をぼんやり眺めている。


「ねえ、ちょっと君。そこの君!」

 なんだか慌てた様子で呼び掛けられたので、なんですか、と答えた。


「君、目の前で殺人が行われようとしている割に落ち着いてるね」

「びっくりはしてますよ。でもシノ様がそれだけ怒っているんだから、きっと何かしたんだろうなって」

「へえ。なるほど、そういう感じか。でも師の暴走を引き留めるのも、弟子の役目なんじゃないかな」

「嫌ですよ。ついでに切り伏せられたらどうするんですか」


 ボクとおじいさんがそんな呑気な会話を繰り広げている間にも、シノ様は追撃の手を休めない。


「退魔捕縛陣!」

 シノ様が叫ぶと同時、男の周囲から木の根のようなものが伸び、男の身体をからめとった。


 男は感嘆して言う。

「ほお。妙な動きをしていると思ったら。やるね」

「余裕こいてると封印しますよ!」


 シノ様は裂帛、動けなくなった男に剣を振りかぶる。

 しかしその剣が振り下ろされることはなかった。

 男を拘束していた根が解け、逆にシノ様の身体に絡みついて動きを止めたからだ。


「呪い返し……。いや、契約の上書き?」

 シノ様が驚愕したように叫ぶ。


「シノ君は詰めが甘いんだよ。だから簡単に支配権を奪われる」

 男はシノ様の手からひょいと剣を奪って手の中でもてあそんだ。

 そしてシノ様の喉元に軽く切っ先を突きつける。


「降伏しろ。さもな……」

「嫌よ」


 一拍もおかずに拒絶されて、男はがっくりと肩を落とした。

 剣も下ろされ、ボクはほっとして知らず入っていた力を抜く。


「君ねえ、状況分かってる?武器も奪われ、身動きも取れず、触手ピンチなんだよ?弟子の前で全裸にむかれてあられもない姿を見せたくないのなら、ちょっと落ち着いてくださいよ」


「いいから放しなさいよ。うねうね動かしてんじゃないの。……あっ。てめー、マジでシャレにならねえぞ!……ぁっ」


 なんだか気の抜けた会話だ。シノ様は顔を真っ赤にしてもがいているけど、やはり男にはシノ様に危害を加えるつもりはなさそうに見える。

 しかしシノ様の従者としては、ご主人のピンチは助けねばなるまい。


「あの~」

 蚊帳の外のボクが手を挙げて割り込むと、なんだい、とおじいさんはにこやかに振り向いた。

「良かったら、止めてあげてもらえると嬉しいのですが……。あと、誰ですか?」



 ミドウ・ツチミヤと彼は名乗った。


「現存最古にして最強の呪術師なんだ、よ!」


 そのように供述しているが、ノリが軽すぎていまいち説得力に欠ける。


 けれどシノ様のお師匠様であることは間違いなさそうなので、拘束されたままのシノ様を背景に、しばらくの間呪術の初歩を習った。


 ちなみにミドウさんはシノ様を放してくれなかった。自由にしたら落ち着いて話もできないからね、とウインクしていた。


 シノ様は、放せー、とか、絶対に許さない、とか、なますにしてやる、とかさんざん何か叫んでいたけれど、じきにもがく体力もなくなったようで途中から大人しくなった。


 草原に並んで座り、これまでシノ様に教えてもらったことを話すと、なるほどー、とミドウさんは苦笑いをした。

「まー、間違っちゃいないよ。ちょっと曖昧過ぎる気もするけど、この世に存在するあらゆる霊的存在の声を聞き、そしてその力を借りるのが呪術というものだからね。霊的な存在の息吹を感じられなければ話にならない」


「ではやはり、ボクは才能がないのでしょうか」

 やっぱりそうか。

 ボクが落胆と共に妙にすがすがしい諦めを抱いた時、いいや、とミドウさんは首を振った。


「むしろ逆じゃないかな。君は才能がありすぎるんだ」

「え?」

 へっ、と後ろの方からシノ様の声も聞こえてくる。


「霊的存在の声なんて、あまり聞こえすぎるとそっちに捕らわれるからね。君ぐらいの子どもの時分なんて特に。だから君はおそらく、無意識的にそう言った声を聞かないよう、制限をかけているんだね」


 そしてミドウさんは、いきなりボクの頭をがしっと掴んだ。


「えっ、うわっ。なんですか!」

 唐突なことで、ボクは慌てふためく。


「大丈夫だよ、ちょっとしたショック療法みたいなものさ」

「えっ、なんですかそれ。すごい嫌なんですけど」

 ボクは腰をずらして逃げようとするけど、あれ、なんで。

 身体が動かない!


 背後からも、止めろ、この腐れししょー、その子に手出ししたらただじゃおかねー、ぶった切る!って物騒な声が響いて来る。

 けれどミドウさんが、「うるさいねぇ、あいつ」と言ったら、くぐもったような声しか聞こえなくなった。


 はあっとミドウさんはわざとらしくため息を吐く。

「シノ君も昔は君みたいに大人しくていい子だったのにさ」


「ミドウさんが歪めてしまったのでは?」

「言うじゃないか」

 そして今では奴隷なんてものを買うような子になってしまいましたよ。しくしく。


 ミドウさんの笑い声が聞こえた後、唐突にボクの頭にぶん殴られたような激しい衝撃が走った。


 実際には、たぶん何もされていないと思う。

 でも確かにボクの身体には、何か波のような衝撃が突き抜けて、そして引いていった。


 手を放されると、ボクはそのままばたりと倒れる。


 あれ……。なんだ、力が入らない。

 まさか気を悪くしたのか、ボクの言ったことで。

 ちょっとした冗談ですや~ん。ホント勘弁してください、謝りますから!


 目玉くらいしか動かせないでいるボクを見て、あははははっ、とミドウさんは快活に笑った。

 何がおかしいんだ、この野郎。


「初めの十日くらいは、たぶん頭が割れそうなくらいしんどいと思うけど、頑張ってね」

 えっ。何だって?なんだその無責任な言い草は。

 おい、こら。消えるな!


「大丈夫だよ、君なら乗り越えられる。まあ乗り越えられなくても最悪廃人になるくらいだからさ。死にはしないから。頑張って!」

 男は最後に不吉な言葉を残して、そのまま薄らいで消えてしまった。


 えっ、何アイツ。マジで怖いんですけど。幽霊?あと廃人って、もうほぼ死んでない?ねえ?


 倒れたままのボクの許に、慌てた歩調の足音が近づいてきた。


「大丈夫、イヅル。何されたの?」

 シノ様だ。あいつが消えると同時に、拘束も消えたらしい。


 ボクは事情を話そうとして、うまく声も出せないことに気が付いた。あ、あ……とかしか言えない。

 え、これ、本当に治るの?


 シノ様はそんなボクの胸にがばっと縋り付いた。


「ごめんね、イヅル。わたし、守ろうとしたのに、守れなかった……」


 なんか、さめざめと泣いている。

 なに、本当にダメっぽい雰囲気さないでよ。えっ……、ダメってこと?


 すると急にシノ様が泣き止んで、真顔でボクの顔を覗き込んだ。


「……っていうかイヅル、わたしのこと、あんまり守ろうとかしてくれなかったよね」

 え、それは……。


「わたしは全力で師匠からイヅルを守ろうとしてたのに、イヅル、完全に他人事だったよね」

 だってなんか、大丈夫そうな雰囲気だったから……。


「放っとこ!」


 シノ様はぷりぷりと怒ってどこかへ行ってしまった。


 え、待ってよ。

 ボクはどうすればいいわけ?


 草原に取り残されたボクは、空高く輝く太陽の眩しさにそっと目を眇める。

 どこからか鳥の鳴く声がする。虫の音、風が吹き、耳元で草がそよぐ。


 その時ボクは、何かが頭の中に聞こえだすのを感じた。

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