第3話 掛け算


「神崎君。はいよ」


 私は計五十編の小説の下読みを担当することになった。


 これを来月末まですべて読まないといけない。


 神さま、助けて、と言わんばかりだ。




 デビューする前の下読みさんを日々呪っていたか、祈りを捧げるか、そんな行いをしていた日々が痛切に恥ずかしい。


 こんなに文字通り必死になって読んでくれていたんだものね……。


 この五十編から最終的には五編を一次通過作品として選ばないといけない。


 自分で言うのも何だか作家になるって本当に小さな確率だな、と思う。




 私のような稚拙な作品でも読んでくれたのだからここはやるしかない。


 家に帰るとさぼりそうなので出版社に泊まり込みで作品を読む。と決意したら合田さんから怒られた。




「ここは家じゃないんだから」


 私は深夜までいることになった。


 最初の作品を手に取る。


 タイトルは?


 枚数は?


 文章表現は?


 そんな注意事項を逐一確認しながらシートに書き込んでいく。




 今回、私が担当する新人賞は枚数が百枚から三百枚。


 主に中編を対象にしている。


 今回、応募された作品の数は千九百八十六編。


 私が五十編を担当しているから何人の下読みで賞を支えているのかな?




 ええっと、掛け算、掛け算。


 ざっと四十人近くで担当していることになる。


 いや、私の場合は下読み一年生だから担当する作品が少ないんだ。


 先輩は百編も担当しているって聞いたから。


 いやいや、地獄の季節ですな。


 私も素人だったときはもちろんあるんだけれども、おそらく初めて書いたんだろうな、という小説にも数多くぶち当たる。


 正直小説になっていない、ということはこういうことなのか、と思う。


 いや、それは言い過ぎた。




 私だって人のことをとやかくは言えない。


 私が書いている小説もまだまだ下手くそだけれどもその比じゃない。


 いや、それは言い過ぎましたか。


 だって、私だって未熟者だし。


 自分だってそうだったからそれを簡単に言える立場じゃないだろう。


 文章になっていないものもある。


 偉そうには言えない。


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