第2話

「えぇ、そうですわね。ご指導いただいていただけですわね」

「はい!あたし、ミルフィーユさまに虐められるどころか、可愛がってもらっていますよ!!ミルフィーユさま大好きです!!」

「………ミルフィーユさまはお優しい方です。虐めるなどとんでもございません」


 美しいマカロン伯爵令嬢はお辞儀などの礼儀作法が苦手。

 お菓子のようなキャラメルブロンドに、きらきらと好奇心に輝く琥珀の瞳をもった、小動物な顔立ちで元気で明るく、誰よりも努力家なスコーン子爵令嬢はテーブルマナーが苦手。

 本人曰く、くすんだ金髪に平凡で見るに耐えない桃色の瞳を持った、誰よりも穏やかで整った顔立ちを持っていながら、怖がりでびくびくしていて自信がなく、人の顔を見てお話するのが苦手なシュガー男爵令嬢。

 全て、ミルフィーユが拾ってきて育てた令嬢だ。


「はあー、脅されているのね。お可哀想に」

(………話が通じにないわね)


 ミルフィーユが面倒臭くなって眉を顰めると、次の瞬間、カヌレがミルフィーユの地雷を踏みにいた。


「これだから、汚れた庶民の血は」

「………………」

「ふふふっ、侯爵令嬢って言っても、所詮は汚れた庶子!!どんなに能力が高かろうと、汚いのよ!!庶民の血は!!」


 ミルフィーユは、アフォガード侯爵家の庶子ということになっている。だから、いつもこうして血筋至上主義のうざったらしい血筋しか取り柄のない貴族たちが突っかかってくる。

 満面の笑みを浮かべたミルフィーユは、扇子で口元を隠して侮蔑を隠さない声を出した。


「………そうですわね。わたくしは庶子よ。でもね、だからといって見下していいわけじゃないわ。………ねえ、あなたには彼女たちの共通点がわかるかしら?分からないわよね。だってあなたはわたくしたちのことを、全く見ていないもの」


 怒りに染まった怪しい妖艶な色彩の瞳が、認識阻害の魔法のかかった眼鏡の下から鋭く光った。


「わたくしたちの共通点は、血筋だけで、誰にも顧みられないということよ」


 怒りは過ぎると冷静になれるという言葉を唐突に思い出したミルフィーユは、カツカツとハイヒールを鳴らして元いた、婚約破棄をされた際にいた位置へと戻ってきた。


「マカロン伯爵令嬢は、お父君の横暴な行いのせいで、最近お家の金銭事情が厳しくて、礼儀作法がしっかりと習えなかったの。偉いわよね、妹たちにしっかりとした教師をつけてあげるために、自分はずっと我慢しているのよ。『お父さまに言えばなんとかなるわ』と言って、自由に人を動かして、湯水のようにお金を使っている誰かさんとは大違い」


 1言1言刻みつけるように話すミルフィーユの声は、誰もが見惚れて驚くほどに綺麗だった。


「スコーン子爵令嬢は、食い意地が張りすぎて婚約破棄をされてしまって、社交界での笑い者。でも、実際のところは侯爵家に逆らえなくて、勝手にそういう理由にされただけで、本当は元婚約者の不倫が原因」

(そういえば、ルー君に話した次の日には、あの男は廃嫡になっていたわね)


 1歩進んだミルフィーユは、意地悪く微笑んで、言いたいことをぶちまける。


「シュガー男爵令嬢はご家族が平民の商人の成り上がりだからという理由で誰とも話してもらえなくて、それどころかどこかの伯爵令嬢さんに虐められて自信が持てなくなって、人の目を見てお話できなくなった。ねえ、分かる?誰が虐めっ子なのか。血筋がとうといからと言って、性根が貴いとは限らないのよ。血筋だけのハリボテさん」


 真っ赤に染まった顔でプルプルと震えるカヌレに、ミルフィーユは冷たい瞳を浴びせる。


(あぁー、もう、全部が面倒臭い)


 困惑の瞳でゆらゆらと揺れているお馬鹿さん元婚約者と、決して助けてくれない血筋だけが取り柄の、上に成り上がることしか考えていない馬鹿どもに見せつけるべく、ミルフィーユはにこっと笑って眼鏡を外した。 


(この際よ!血筋至上主義のおバカどもを懲らしめてしまいましょう!!さあ!泣いて喚くのよ!!)


 心の中でにっこりと意地の悪い笑みを浮かべた次の瞬間、婚約破棄が行われていたパーティー会場内に凍り切った空気が流れた。


『っ、!!』


 なぜなら、ミルフィーユの持つ妖艶な色彩の吸い込まれるようなアメジストの瞳は、王家の象徴だったからだ。

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