ふむふむ成る程、わたくし、虐めてなどおりませんわよ?

桐生桜月姫

第1話

「ミルフィーユ・アフォガード!!下々の者をいじめる傲慢で卑しい女め!今この瞬間をもってお前との婚約を破棄する!!」

「えっと………?」


 太陽のように輝く金髪に海のように青い瞳の整端な顔立ちの男、カカオ・アーモンド公爵令息に婚約破棄を突きつけられた女性、ミルフィーユ・アフォガードは膝まであるストレートなはちみつ色の髪を揺らして真面目な顔立ちをますます真面目なものにして、首を傾げた。表情は眼鏡によってよく見えないが、不思議に思っていることは伝わってくる。


「まあ!アフォガード侯爵令嬢!!とぼけるつもりですの!?あたくし、アフォガード侯爵令嬢がマカロン伯爵令嬢とスコーン子爵令嬢、そしてシュガー男爵令嬢を虐めているところを見ましたのよ!?表では仲がいいふりをしているのに、サロンに入った途端に皆恐々とした表情となってしまっていたんですもの!!あぁー、彼女たちはさぞ怖かったことでしょう!!」

「……… カヌレ・キャンディ伯爵令嬢………………」

(虐めっ子と有名なあなたがそれを言いますの………?)


 珊瑚のようなコーラルピンクの髪に、青々とした鮮やかな若葉の瞳。可愛らしい顔立ちは庇護欲を誘い、胸が大きいという単純明快な理由で男ウケのいいカヌレは、どうやら高みを目指すために公爵令息だったカカオのことを堕としたようだった。

 恋は盲目というが、傲慢で高飛車で嫌われ者、虐めっ子と名高い伯爵令嬢カヌレを捕まえてお前が虐めの犯人だろう!!と言っても、信憑性は薄い。だが、今この場にいる人間の中で、カヌレを庇っているミルフィーユの元婚約者の彼が、最も爵位が高い令息というのが厄介な点だ。


「はあー、」


 ミルフィーユは大きく溜め息を吐いて、弁明することさえも面倒臭くなって、踵を返して帰宅することにした。


「婚約破棄、賜りましたわ。ご機嫌よう」


 カツカツとハイヒールを鳴らして歩き出すと、後ろからミルフィーユに従って3人のご令嬢が歩き始めた。


「!? み、皆さま何をしているの!?なんで虐められていた女についていくのよ!?」

「………そもそも、わたしたちが虐められていないからですわ」


 マカロン伯爵令嬢の声に、ミルフィーユは困ったように笑った。きらきら輝くプラチナブロンドに水面のような水色の瞳、綺麗な顔立ちの女性は穏やかで物静かだが、怒らせると怖いもの知らずとなってしまうのだ。


(庇わなくてもいいものを………)


 青から水色のグラデーションのプリンセスラインのドレスを翻して、自分に付き従うかの如く動く3人の勇敢な令嬢を見たミルフィーユは、諦めて戦闘体制に入った。お友だちを危険に晒すことができるほど、ミルフィーユは腐っていなかったのだ。


「えっと、でも、あなたたちは毎日、アフォガード侯爵令嬢のサロンで、むすーっとした顔で必死になって昼食を睨みつけていましたわよね?虐められていたのでしょう!?とっても辛そうでしたわ!!」


 力説するかのような話し方に、ミルフィーユはふむふむと頷く。


「ふむふむ成る程、わたくし、虐めてなどおりませんわよ?」


 そして、こてんと首を傾げた。

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