第16話 猫と犬の戦い再び?今回は焼きもち合戦

 私は、トテトテと横をついてくる氏康さんに傘をさしかけながら歩いた。

素直についてくる様子は、可愛い。


 そうしていつも宅配荷物が届いたら預かってくれている、村に唯一の商店に向かった。

生鮮食料品は置いていないけれど、たいていの日用雑貨は揃う。

日中、仕事に出ている私は宅配の受け取りなんかも頼んでいるのだった。


 そういう融通をきかせてくれるのは、さすが村の便利屋さんといったところか。

荷物を受け取っている間は、氏康さんは店の軒端に隠れていた。

人見知りですか。


「里ちゃん、これね。はい」


 店主の木村のおじいちゃんには、村に来てすぐの頃はたつ子さんのお孫さん、と呼ばれていた。

それが『神社の巫女さん』に変わり、今は里ちゃんと呼んでくれる。

私個人を認めてくれたんだと思えて、かなり嬉しい。


 持ちやすいようにレジ袋に入れてもらった箱を持って、傘をさす。

歩き出すと、ぴたりと私の横に寄り添うように氏康さんがついてきた。

なんだか実家の犬の散歩を思い出すなあ。


 家に帰りつくと荷物を上がり框に置いて、氏康さんを膝に抱き上げた。

おお、また固まってる固まってる。

どうもこうされるのは苦手のようで、かわいそうなんだけど私は思わず笑ってしまいながら言った。


「足を拭くから、ちょっと我慢してね」


 泥だらけのまま畳の上にあげるわけにはいかない。

足を洗って、丁寧にタオルで拭った。

おしまい、と畳の上におろしてあげると息を吹き返したみたいに動き出した。


「三重子さーん、お留守番ありがとうー」


 居間へと声をかけながら板敷に上がる。

私が居間に入ると、三重子さんの膝の上にいた汐がひょいと顔をあげた。

視線は私を見てから、私の足元にいる氏康さんを捉える。


 猫の表情の変化が、こんなに鮮やかなものだとは思わなくて私は感心した。

汐は大きく瞳を瞠り、硬直する。

そのあまりにも衝撃を受けました、とあからさまな変化に私はちょっと困惑気味の苦笑いを返す。


 そんなにビックリすることかなあ。

というか、神様って熟練の何かの武道の師匠みたいに気配を感じて先に察したりしないの?

見切っておる、とか言いそうなのに。


 氏康さんは氏康さんで、汐の様子を見てその場に立ち竦んでいた。

そして、そわそわうろうろとその場で足踏みをしながら威嚇に唸り声をあげていた。


 どうも三重子さんの膝の上にいるのが気に入らないようだ。

三重子さんがいることに、嬉しそうにはしていた。

でも汐は気に入らない。

というわけで感情の行ったり来たりを繰り返しているのだった。


 こらこら、神様たち。落ち着こうよ。


「あら……そのワンちゃんはどうしたの」


 三重子さんが不思議そうに訊く。

私は囲炉裏端に座りながら、ちょっとね、と言葉を濁した。


「雨宿りさせてあげようかなって。寒そうにしてたし」


 適当なことを言うと三重子さんは、あら、と言って氏康さんを見た。

何か反応するのかなと思ったけれど、特に変わったことはない。


 どうやら三重子さんにとっては、本当に氏康さんに見覚えがない様子だった。

氏康さんの方は、三重子さんに拘りがある様子なのだけどなあ。


 汐は三重子さんの膝から降りると、私と三重子さんの間をウロウロとし始めた。

この二人は自分の氏子、と主張しているみたいだ。


 そのせいもあって、氏康さんは居間の入り口で固まってしまっている。

私は仕方なく、縄張りアピールしている汐を、ひょいと捕まえた。

そのまま、膝の上にのせてしまう。


 汐ははじめ抵抗しようとしたけれども、がっちりホールドしてしまうと、諦めたようだった。

まだちょっとつんつんしながらも、大人しく撫でられる。

本当におとなげないんだから。


 氏康さんは、汐がおとなしくなったのを見るとおずおずと居間にはいってきた。

様子見するように、少しずつ少しずつ三重子さんに近づく。


 三重子さんは気づいて氏康さんに、おいでと笑いかけた。


「野良じゃろうか。おとなしいねえ」


 たしかに大人しいんだけど、ちょっと猫かぶってると思う。

とはいえ、三重子さんの前ではいい子みたい。

そろりそろりと近づいて、そっと三重子さんの隣に伏せる。


 そうして、三重子さんが見守るうちに氏康さんは、彼女の膝の上に頭を乗せた。


「……三重子さんのこと、好きみたい」


「あらあ、それは光栄じゃね」


 三重子さんはそう笑ったけれど、氏康さんは本当に幸せそうにゆっくりと目を閉じた。

三重子さんの手が、その頭から背中をゆるゆると撫でていく。


「……そうそう。豚の角煮つくったんじゃよ。たくさんあるんで、冷蔵庫にいれといたから。後で食べて」


「わあ、角煮嬉しい……!!今日の晩御飯にします」


 三重子さんの豚の角煮。

美味しいのよね、とろっとろで。


 と思った瞬間、汐と氏康さんがものすごい勢いで立ち上がっていた。

さすがに人語は話さないけど、角煮だと!!という心の声が聞こえた気がする。


 神様たち、反応しすぎだよ。

ていうかさ……神様って豚肉食べていいの。

猫も犬も、食いしん坊さんだなあ。





「里ちゃん家、なんだかエライことになっちゃってるわね。どしたの」


 三重子さんが帰った後、やってきた松里さんは居間の様子を覗き見てそう言った。

私もそう思います。

囲炉裏端では人型になった汐と氏康さんとが、無言で対峙していた。


 氏康さんはさすがに甲冑姿ではなかったけれど、やっぱり侍の装束というものを身に着けている。

神主姿の汐といると、時代劇の撮影でもしてるみたい。

なにより、近郊の神様が勢ぞろいしている家ってすごいな。


「あはは……三重子さんから角煮の御裾分けいただきまして。それ待ちの列なんですよ」


 力なく笑って言うと、松里さんはお腹を抱えて笑っていた。

うん……笑うしかないよね、もう。


「やっだあ、もう!きんつば頂いたから、アタシもお裾分けに来たんだけど。絵面が面白すぎるわ……!!」


 並んで静かに角煮の登場を待つ神様二人に、松里さんは腹筋痛めそうに笑い続けている。

笑えるのは分かる。でも、それより。


「あ、丸きんつば。私、ここの梅ぼ志飴も大好きです……!」


「お、いい趣味してるわね。アタシも、あれ大好き」


 わあい、甘いもの大歓迎。


「よかったら、松里さんも夕飯一緒にどうですか。角煮丼」


「え、いいの。ラッキー」


「どうぞどうぞ。すごいわ、お裾分けだけで今日の晩御飯はデザートまで御馳走」


 美味しいものが色々と揃ったと思うと、それだけで顔がにやけてしまう。

梅雨の時期ってことで、少し憂鬱になっていたんだけど。

美味しいものって、天気すら吹き飛ばして人を幸せにしてくれると思う。


 ご飯が炊けたら、後はのせるだけだし。

そんなわけで今夜の贅沢メニューはこんな感じだ。

食前酒に三重子さんから分けてもらった梅酒を一杯。

そして炊き立てご飯の角煮丼。とれたて野菜のサラダ。あったかい御味噌汁。

これだけでも幸せなのに、食後にきんつばを熱い御茶と。


 なんだかもう、とろけちゃいそう。

太りそうって点には目をつむる。

汐と氏康さんは、お互いに無言だったけれど。

食べ始めてしまうと、もう二人とも夢中だった。


 美味しいもんね、三重子さんの料理。

とろとろの柔らかいお肉は、なんともご飯が進む味。

噛むと甘みと旨味があふれだす。


「美味しかったーあ。そして、さらに甘いもので幸せ」


 食後の御茶を楽しみながら、松里さんがしみじみと呟く。


「思いがけずの、特別な日になりました。お裾分けの力が偉大」


 私が言うと、松里さんは汐と氏康さんを見る。


「アタシも得しちゃった。……けど、思いがけずっていうと、あんたたち。汐はともかく、氏康はなぁんでココにいるのよ」


「あ、私が雨宿りに誘ったんです」


「それよ。雨宿りって、そもそも、この村に何しに来たの」


 松里さんが追及すると、氏康さんはむっつりと眉を寄せた。

あまり言いたくはないらしい。

けれど、こういう時に松里さんは強気だ。グイグイ行く。


「話しなさいよォ。雨宿りさせてもらって、ご飯まで食べさせてもらって、デザートまで食って、だんまりで通すつもりぃ?」


「……」


 畳みかけ方がすごい。

やや酔っ払いのような絡みに、私はちょっとハラハラする。

氏康さん、怒りだしたりしないだろうか。

大丈夫かしら。


「……」


 汐は黙って、我関せずに御茶ときんつばを堪能している。

甘いもの好きなのね。


「……三重子は」


 むすりとしたまま、氏康さんは話しだした。

私は怒りだされなかったことにホッとする。


「もともと、俺の村の人間だ。ここへは嫁に来たが。俺の氏子だった」


 俺の村、というのは氏康さんが土地神として祀られている村の事だろうか。

隣村みたいなものかな。

そこから、この村にお嫁に来たってことか。


「今はここに住んでるんだから、あんた関係なくなーい?」


 い、言い方が容赦ないなあ。

とは思うけれど、松里さんの言うことももっともだ。


 土地の神様と人間の関係って、引っ越せばその越した先の神様と縁を結んで、元の神様とは切れるものなんじゃないのかな。

氏康さんは、苦々しそうに表情をゆがめた。


「……帰ってくると思ってた。三重子の結婚相手は、嫁いですぐに病気で死んだからな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る