第12話 離散 その2



 その頃、平太は奥州岩瀬郡に移送された。これを宰領したのは伊東(安積あさか祐長すけながという男で、「曽我そが兄弟の仇討ち」で殺された工藤祐経すけつねの次男である。伊東祐長は、先日奥州岩瀬郡の北隣にある安積郡に地頭職を貰ったばかりである。新しい領地に下向するので、ついでに平太を連れて行ってやる、といったところだったのであろう。


 平太の移送についての記録は極めて少なく、「吾妻鏡」には、


「十七日戊午つちのえうま曇り 和田平太胤長配流陸奥國岩瀬郡云云うんぬん」(*註)


 としか書かれておらず、その他の史料にも警護の状況を含めて詳しく記されていない。だが、あえてイメージするならば、次のようなものだったに違いない。


 ── 数百人規模の軍勢が、長柄の薙刀やほこ(*註)を担いだ軽武装の兵卒を先頭に、ぞろぞろと行進している。中軍の中ほどには馬上誇らしげな笑みを浮かべた伊東祐長やその郎党が続き、さらにその後方には、後ろ手に縄を打たれた罪人姿の平太が馬に乗せられ、曳かれていく。平太の周りには抜身の鉾を手にした男たちが取り囲みつつ辺りに鋭い視線を送っている。街道筋には、その人目を引く行列を眺める民が群がり、何やら囁き合っている。群衆の周りでは、変な跳ねっ返りが護送団に近寄らないように、その村を管理する地頭の家来が見張っている……。



 一般に罪人の護送は古今東西を問わず、脱走や罪人の一味等による襲撃に備えて厳重な警備をもって行われる。


 平太の配流も、一族などが奪還しに来る可能性を考慮して、相当な数の武装兵を伴っていただろう。また伊東祐長にしても、新しく地頭職を拝領した安積郡に、地元民や領家の抵抗なしですんなり入部できる保証はないので、下向するにあたっては、それなりの兵力を連れていたはずである。群盗などが出没する可能性があり危険な山間部などでは、その土地に土着する御家人が露払いをしていたかもしれない。


 もっとも、これは普通に考えれば、の話であり、稀代の策士である義時が護送の命令者兼計画立案者なら、この限りではない。


 もしかしたら義時は、流刑地までの中継点、例えば小山か宇都宮の辺りまでは警護の人数をごく少数に留めて隙を作り、わざと平太を奪わせておいて、罪人の護送団を襲撃した罪科で和田一族を討滅しようと考えていたかもしれない。


 あるいはさらに穿って見れば、街道を跋扈する強盗団といったにでも襲撃させ、それを和田一族の仕業と見せかけて、討伐の口実にしようとも考えていたかもしれない。


 しかし義時の意に反して和田一族は動かず、武装窃盗団も現れず、とどのつまり、何事も起きることはなかった。ひょっとしたら、和田一族は不測の事態が発生しないようにこの護送団をこっそりと警護していた、と考えるのは深読みしすぎであろうか。


 なにはともあれ平太は奥州に連れ去られた。幽閉先は岩瀬郡を南西から北東に流れ、阿武隈川に注ぐ釈迦堂川しゃかどうがわのほとりに佇むいな村という寒村で、これを稲村から十町ほど北にある小高い丘陵に本拠地を構えた二階堂家の代官が監視している。



*註釈 


 「和田平太胤長配流陸奥國岩瀬郡」── 吾妻鏡の記事では、平太は十七日に配地へ移送されたと読めるが、十七日に陸奥岩瀬郡に配流になることが決まったとも読める資料があるので、物語のなかでは後者をとり、十七日に平太の処分が決定して某日に移送された、とした。


 鉾 ── 両刃の剣を長柄に装着した武器。「矛」とも書く。「やり(鑓・鎗)」と類似するが、槍のに接続する部分が刀の握りに差し込む部分「なかご」と同様の構造になっていて、柄に差し込み目釘で留めて使用するのに対して、鉾は柄に接続する部分が袋状(ソケット状)になっていて、柄をそれに差し込んで使う。

 鉾は古墳時代から鎌倉時代初頭までは主要武器だったがその後廃れ、南北朝期までに出現した槍に取って代わられた。鎌倉幕府の滅亡前夜から南北朝動乱期を描いた新田次郎の小説「新田義貞」では、槍を新兵器として描写している。

 なお、槍は鉾の進化したものとされるが、短刀の刀身を長い棒に装着したものがルーツだとして、両者に系統的連続性はないという説もある。



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