第8話 孤独メタルスライムは経験値がたくさん貰える


「じゃ、じゃあ気を取り直して、ここはサラマの森。元和君がレベルを上げるのには最適の場所だよ」

「敵が弱いってことか?」

「うん」


 まだちょっと赤みの残る顔で、コノハはちょっと先生口調で解説を始めた。


「この世界は君らの世界で言うRPGと同じで、魔獣を倒すとEXPが入るの。EXPが一定値まで溜まるとレベルが上がって、身体能力や魔力が一気に上がる法則だよ」

「筋トレもせずに運動能力が上がるってどういう仕組みなんだ?」


「そうだね。レベルは魂のレベル、存在のレベル。レベルが上がると、より高次元の存在になると思って。この世界の人が物理法則や人体工学を超えた運動能力を発揮できるのは、そもそも高次元生命体だからかな」


「つまり、レベルが上がるほど人間を超えた人間、超人になれるってわけか」

「そういうこと」

「それで、この森がレベル上げに最適っていうのは?」


 あたりをぐるりと見回してみる。

 綺麗な森だけど、ただそれだけだ。

 別段、変わったところはない。


「ナイフ使いの弱点はふたつ。ひとつは剣身が短いから大型モンスターの急所に届かない」


 言われてみれば、ゾウのように大きな魔獣相手では、ナイフを根元まで刺しても内臓までは届かないだろう。


「もうひとつは回復魔法が使えないから状態異常に弱い」


 ゲームで知っている。

 毒、麻痺、眠り。

 回復魔法も回復してくれる仲間もいない俺が状態異常になったら、死ぬしかない。


「だけど、この森には大型魔獣も毒を使う魔獣もいない。元和君の修行場所には最適だと思うよ」

「なるほど」

「魔王率いる魔族は強いから、ここでしっかりレベルを上げようね」


 コノハがちっちゃく握り拳を固めて、下がり眉が気持ち上がった気がする。

 やる気いっぱいの表情も可愛いので困る。

 と、そこで俺はあることに気がついた。


「待てよ。魔獣と魔族って違うのか?」

「そういえばその辺の説明をしていなかったね。魔獣っていうのは、馬や犬、猫とは違って魔力を持っている動物のこと。そして魔族は人間と違って、生まれながらに固有の種族スキルを持っている種族のことだよ」


「種族スキルって、俺のナイフ術スキルやストレージスキルとは違うのか?」


「うん。まず、この世界には修業すればだれでも使える魔法とは別に、神様からもらうスキルっていう特殊能力が存在する。でもこれは一部の人しか持っていないし、一人一人違う上に遺伝もしない」


 コノハは声をひそめて、やや真剣な表情になった。


「でも魔族は全員生まれながらに、各種族全員が同じスキルを持っているの。スライム族なら体を流体化するスライムスキル、竜人族なら空を飛んで火を噴いて体の一部をドラゴンに変化させる竜人スキル、みたいにね」


「待てよ。つまりこの世界の魔族っていうのは、バケモノじゃなくて異能者ってことか?」


「そうだけど、でも一方的に人類を侵略して滅亡か奴隷化しようとしている悪い人たちなの。人と同じ姿をしている相手を攻撃するのは抵抗があるかもしれないけど、戦わなかったら、逆に人類が……本当に、ごめんなさい。こんな戦いに巻き込んじゃって」

「いや、気にしないでくれ」


 コノハの表情が曇り切る前に、俺は口火を切った。


「ていうか俺、同郷の井宮の顔面にナイフ刺しているし、人類滅亡とか考えている極悪人なら遠慮することないだろ?」


 グレーゾーンの嘘だ。

 井宮には散々苦しめられてきたし、俺を殺そうとしてきた。それでも、俺は井宮を殺してはいない。


 だから、なんの恨みもない相手を、ただ魔族というだけの理由で殺せるかと言われれば、保証はできない。


「だから、魔王を倒すためにもまずはここでレベル上げだな」


 戦いたいという気持ちは本物だ。

 コノハの為だけじゃない。俺自身のためにも、神様になって天界でコノハと一緒に暮らす為にも、魔族が井宮以上の悪党だったら倒そうと思う。


「うん、ありがとう元和君」

「おう。それでやっぱり強い奴ほど倒した時にもらえるEXPは多いのか?」


「基本的にはそうだね。でも例外的に、魔族の中のスライム族、さらにその中でも孤独メタルスライムっていう種族は莫大なEXPがもらえるって伝説が人間たちの間で流行っているんだけど、ただの伝説だから鵜呑みにしないでね」


「へぇ」


 ――孤独メタルスライムってどう考えてもはぐれメタルスライ〇じゃ……。

 

 下卑た声に意識を引かれたのは、俺がへの字口になった時だった。


「元和ぁ……見つけたぞ!」


 振り返れば、そこには右目の潰れた井宮を含めた五人の男子たちが茂みを踏み越えてくる所だった。


 他の四人は、クラスでは二軍以下の生徒で、コノハにセクハラをした下野山も混じっている。


「さっきぶりだな井宮。いつもの一軍メンバーはどうした?」


 遠回しな厭味に、井宮は息を詰まらせた。


「ッッ、治療している間に別の奴らと組んでいっちまったよ。テメェのせいだ!」

「本当の友達ならお前の治療が終わるまで待つだろ。おおかた、俺に負けたことで一軍から転落したってところだろ? お前がいなかったら後釜の一軍リーダーは金持ちでイケメンの財前か、サッカー部レギュラーでイケメンの古庄あたりか?」


 図星を突かれたのだろう。

 井宮は怒りと焦燥、そして絶望感の入り混じった複雑な表情を浮かべると、右手に握り込む剣で地面を薙ぎ払った。

 感情を叩きつけるような仕草はまるで子供だ。


「誰のせいだ!?」

「誰のせいなんだ?」


「お前のせいだろうが!」

「喧嘩を売ってきたのはお前、剣を振り上げて殺しにかかってきたのもお前、俺は一撃加えて追撃も加えず試合終了にしてやった。俺のどこに落ち度があるんだ?」


「黙ってお前がオレに斬り殺されていればそれでよかっただろが!」

「話にならないな……」


「それはこっちのセリフだぜ」


 口を挟んできたのは、下野山だった。


「底辺のくせに井宮に逆らいやがって。今日はオレがお前に上下関係って奴を叩き込んでやるよ。そんで、そのウシチチ女をオレの性奴隷にしてやる」


 下品な視線でコノハをなめまわしてくる下野山は、少しも怒っている風じゃない。

 他の面々も、何かを企むゲス顔だ。


「なるほど。俺を殺して井宮が復権すれば自分たちも引き上げられて準一軍になれるとでも思っているのか? 異世界に来てまでいつまで学生気分なんだよ」


 教室が世界の全てである連中にとって、井宮は雲の上の存在だ。

 でも、それは令和日本の高校という限られた環境下だけの話だ。

 環境が変われば求められる人材は変わる。

 平和な時代の快楽殺人鬼も戦国乱世では英雄だ。


「悪いけど、魔王の恐怖におびえるファンタジー世界で長身イケメンバスケ部読者モデル、なんてなんの役にも立たないぞ?」

「うるせぇ!」


 呆れながら説明してやっても、井宮はまるで聞く耳を持たなかった。


「お前を殺せば全部うまくいくんだ! お前を消しちまえば、全部全部元通りになるんだよ!」


 ――だめだな。


 井宮はもうだめだ。

 まともな思考力が残っていない。

 負けた分を取り返そうとするギャンブル依存症患者のように冷静さを失い、妄執に取りつかれているようだった。


「スパーロに頼んでお前と同じ場所に転移してもらって正解だったよ……お前は一人、こっちは五人。レベルが上がる前の今なら人数が多いこっちが有利だ。行くぞお前ら!」

『おぉ!』


 もはや常識や良識を望むべくもないクズたち相手に、俺は溜息を吐きながらナイフを握った。

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