第4話 剣VSナイフ

 スパーロの横暴に、俺はすぐさま反論した。


「悪いけど、俺の女神はコノハだ。あんたの命令を聞くいわれはないな」

「あら、あたしの命令じゃないわよ、これは全女神の総意よ。ねぇみんな?」


 得意げに一声かければ、他の女神たちも皆うなずき、見下すような表情をこちらに向けてきた。


「というわけで、これは今回の異世界転移業務の正式プログラムになったわ。コノハ、まさかあんた、この状況で進行を妨げるようなことは、しないわよねぇ?」

「っ……」


 コノハはうつむき、決して俺を見まいとするように視線を逸らした。

 きっと、自分が一瞥でもすれば俺が決闘に応じてしまうと思っているのだろう。


 相変わらず優しい。

 この短時間で、コノハのことがどんどん好きになってしまう。

 正直、井宮との勝負なんて御免だ。

 けれど、断ればコノハの立場が悪くなるこの状況に持ち込まれたら断れない。


 覚悟を決めた俺は、井宮を倒す戦略を練りながら口を開いた。


「わかったよ。じゃあ始めようか。ルールは?」

「ないわよ。魔王軍との戦いに審判がいるとでも思っているの?」


「スパーロの言う通りだぞ元和。オレらがこれから行く世界はルール無用の殺し合いに満ちた乱世だ。お遊び気分じゃ死んじゃうぞ? やっぱお前には、一度俺が手ほどきをしてやらないとな」


 井宮の軽口に、女子たちがまた黄色い悲鳴を上げた。


 一方で、井宮の目の奥に眠る残虐性を感じ取った俺は言いようのない感情を抱いた。

 現代日本に生まれ育って、合法的な殺傷の機会に心躍らせる。


 これは地元の住民性が生み出した歪みなのか、それとも井宮特有のものなのか。

 前者であって欲しいと思っていると、不意にコノハが声をかけてきた。


「元和君、ストレージの中にナイフを入れておいたよ」

「ありがとう」


 ウィンドウやスキルなどの使い方は、慣れ親しんだスマホのように自然と分かった。これも女神の力なのだろう。


「はい井宮。この剣の女神スパーロ様からの贈り物よ。鋼鉄の剣としては最高レベルなんだから」


 スパーロが指を鳴らすと、鞘に収まったロングソードが井宮の腰に現れた。


「おっ、カッコイイ」


 腰から抜いた立派な剣に顔を映しながら、井宮はその輝きに惚れ惚れしていた。


 ――ん? 俺の武器は……あぁ、そういうことか。


 剣とナイフ、一見すると下位互換のように見える両者がたんなる一長一短であることを再確認しながら、俺は勝機を見出した。


「じゃあみんな下がりなさい。あんたたちは好きな時に初めていいわよ」

「だってさ、じゃあ早速!」


 俺らを中心にみんなが下がっている途中にもかかわらず、井宮はいきなり襲い掛かって来た。


 これのどこが俺の為の練習試合だ。

 けれど、井宮の剣は空ぶった。


「ぁれ?」


 上半身をひねりながら一歩前に出た俺は井宮とすれ違い、奴の背後を取った。

 慌てて振り返った井宮は、俺の冷めた顔にぎょっとしている。


「あれ? もう始まってる?」

「おいおい何やってんだよ井宮?」

「元和なんて早くやっつけちまえよ」

「いま空振らなかったか?」

「んなわけないだろ」

「遊んでんのかー?」


 離れようと背を向けている生徒たちがほとんどだったのか、みんなは状況がわかっていないらしい。

 井宮は愛想笑いを浮かべながらオーディエンスに手を振った。


「お、おう任せろ。じゃあ行くぞ元和!」


 二撃目、これも俺はギリギリ避けることに成功。

 それから、井宮は三度、四度と俺に剣を振るうも一発も当たらなかった。

 それもそのはず。

 俺はスピード特化だ。

 俺らの身体能力は、その武器術を発揮するのに必要なモノ。

 きっと、井宮はバランス型。

 スピードで上回る俺が回避に徹すれば当たる道理はない。


 ――おっ?


 剣の軌道が変わった。

 流石は剣の達人化させる剣術スキル。

 井宮は力任せの攻撃をやめると、フェイントも混ぜ硬軟合わせた攻めに変えてきた。

 白銀の刃が前髪をかすめて、数本の髪が宙に舞った。


「どうした元和? 逃げるばかりで防戦一方だな。ほら行くぞっ」


 フェイントからの渾身の一撃が迫る。

 今から回避は間に合わない。

 なら、回避しなければいい。

 俺はストレージから取り出したナイフの根元を、井宮の剣先に当てた。


「んなっ!?」


 井宮渾身の剣撃は、俺のナイフ一本に防がれた。

 続けて井宮は、剣を上段から下段から、あらゆる角度から撃ち込んでくるも、俺はナイフ一本で受け止めた。


「なんっ、でだよ!? ナイフで剣を受け止めるとかおかしいだろ!」

「理科の時間にてこの原理って習わなかったか?」

「ッ、なんの話だよ?」

「力点と支点の距離が長い程に大きな力が働く。拳に近いナイフの根元で剣先を抑えれば小さな力でも防げる」

「黙れよ! ん? はんっ、ならこれでどうだ!」


 顔色の変わった井宮の剣が突然加速。

 対する俺は、左手にもナイフを握った二刀流でその場に踏みとどまった。


「つまり、こういうことだ」


 上下左右ナナメ、8方向から降り注ぐ井宮の剣撃を二本のナイフで受け弾き払っていく。、


 なんの能力かスキルか知らないが、加速しようとと向こうの剣は一本、こっちは二本。手数で負ける道理が無い。


 そうやって都合10の斬撃を弾き切ると、井宮の連撃が止まった。


「クッ、全部受け止めて……つうか武器がふたつなんて卑怯だろ!?」

「片手武器のナイフを二本持ってて何がおかしいんだよ頭使え」

「ッッ」


 俺が吐き捨てると井宮は顔を真っ赤にした。

 井宮の剣は一本きり。

 けれど、コノハがストレージに入れてくれたナイフは一本ではなかった。

 周囲の生徒たちがどよめいた。


「おい今のあれ、すごくね?」

「井宮の必殺技っぽいの、全部防いじまったぞ?」

「あの井宮が元和に? マジかよ?」

「ていうか防戦一方だと思っていたけど、もしかしてあしらわれているだけ?」

「そんなわけないでしょ? きっと井宮君が遊んでいるのよ」


 オーディエンスの反応に、井宮の表情に焦燥が浮かんだ。

 でも、俺は他の連中みたく弁護してやるつもりはない。


「これでわかったろ? ナイフは剣の下位互換なんかじゃない。何事も一長一短。剣はバランス型でナイフは手数とスピードが長所。ただそれだけだ」


 井宮の向こう側にいる女神たちにも聞こえるよう、大きめの声で言ってやる。

 案の定、剣の女神スパーロは不機嫌そうに顔をしかめてきた。

 けれど、どれだけ凄まれたところでざまぁみろとしか思わない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る