第2話 戦闘民族女子
「確認する。この国は帝国に攻め込まれていて滅亡寸前。救国の為に俺を召喚した。これで間違いないか?」
「え、ええそうよ」
画面を操作しながらアリスを一瞥すると、彼女は戸惑いながらも頷いた。
「俺は元の世界に帰れるのか?」
「え!? ……」
アリスは杖を手にした魔法使い風の女性に目配せをした。
女性は首を横に振った。
「勝手に召喚して帰さない。これじゃ拉致だな」
「勝手に、え? そうなの?」
アリスは顔色を変えて、必死に言い訳を考えているようだ。
「ごめんなさい。アタシたちは救世主召喚をすれば異世界から救世主が来てくれるって言うから、ただそれだけで、まさか拉致みたいなものとは……」
どんどんしりすぼみになる声に、俺は大体のことを察した。
「ようするに、天の御使いが降臨するみたいなもんだと思っていたってことか? もしくは元から世界の救済を生業にしている人とか、自ら望んで異世界の英雄がはせ参じるとか」
「……う、うん」
静寂に包まれる広間で、アリスは独り静かに頷いた。
――やれやれだ。
ここで怒るのは簡単だ。
けれど、彼女たちからすれば亡国の危機。
そんな時に、召喚される救世主の都合までは考えられないだろう。
それに、怒っても何にもならない。
言動には目的が必要だ。
俺の目的は日本に帰ることだ。
怒って日本に帰れるなら怒ろう。
けれど怒っても日本に帰れないなら意味はない。
むしろ、彼女たちとの関係が悪くなるだけマイナスだ。
「それで、俺の扱いはどうなるんだ? 鎖に繋いで便利な力として使うのか?」
「そんなことしないわ!」
勢いよく顔をあげて桜色の髪を揺らしながら、アリスはまくしたててきた。
「アナタは救援者、まして強引に拉致したって話が本当なら、この世界での生活は保障するわ! アタシは、アナタを手厚く遇するつもりよ! もっとも、帝国に滅ぼされる日までだけど……それでも最期の日が来る前にできる限りの財産を手に国外へ逃がす手引きはするわ!」
途中、やや元気を失いかけるも、彼女は自らを奮い立たせるように語気を強めて言い切った。
――責任感のある子だな。
俺は彼女に好感を持った。
本音は日本に帰して欲しい。
けれど、文句を言っても現実を変えられないなら、今できることをするしかない。
家族やクラスメイトからは冷めているとかいつも難しいことを言っているとか、かっこつけていると言われる。
俺も、周りを見れば自分の思考パターンが普通ではないことは分かる。
けれど、ラノベや漫画、アニメを見ていればこれぐらい気づく。
あらゆる作品のあらゆるキャラのあらゆる思想に触れて辿り着いたのが、今の俺なのだから。
「OK。それで俺のスキルでこの国のことはわかった。あと知りたいのは、帝国とはなんなのか、なんで戦争になっているのか、他の国との関係を正直に答えて欲しい。余計な気遣いはいらない。嘘を言ったら俺は協力しない。いいか?」
相手は王族だけど、あえて俺はへりくだらなかった。
日本では王族なんてフィクションの存在だから実感がなくて敬う感覚にならないというのもある。
けれどそれ以上に、今後、有利な関係を築くためには必要な態度だ。
俺は家来ではなく、対等以上の救援者でありたい。
「わかったわ。まず、帝国はこの国最大の国力と軍事力を持つ大国で、人類連合国の議長国よ」
人類連合。おそらく、地球の国連のようなものだろう。けど。
「人類じゃないのもいるのか?」
「ええ。人類を敵視する獣人や亜人の国は加盟していないわ」
獣人や亜人もいるのか。
けれど俺は口をつぐんだ。
質問ばかりでは話が進まない。
「人類連合にはヴァルキリー国も加盟していたわ。アタシたちヴァルキリーは年を取らず女しか生まれない人種だけど、外見も倫理観も他の国と同じで、何よりも人類を敵視しないもの」
不老で女しか生まれないという情報にややツッコミたいけど我慢した。
「でも去年の世界会議で、突然帝国が宣言したの、老いず男の生まれないヴァルキリーは人の理から外れている亜人種である、人類連合から追放し、潜在的脅威を排除するために宣戦布告するって」
「まっ、それは表向きで本命は別だな」
「ど、どういうこと? 帝国はアタシたちを迫害対象にしたってことじゃ」
「この世界は人類側と非人類側で敵対しているんだろ?」
「ええ」
「なら、わざわざ味方を減らす意味がない。つまり、味方を減らしてでもお釣りが来る何かがあるんだ。この国の資源か、魔法道具か、それとも……なぁ、非人類の力はどれぐらいの脅威なんだ?」
「今のところは大した脅威じゃないわ。だって人類国家のほうが圧倒的に数が上だし、国境線でいやがらせみたいな小競り合いが時々起こったり、国民同士で敵対意識があるぐらいかしら」
「それだけ余裕があるなら、単に奴隷が欲しいだけかもな。なぁ、ヴァルキリーってのは大陸でも美人って扱いなのか」
「も、もちろよ」
少しの戸惑いと照れの後に、アリスはちょっと自慢げに大きな胸を張った。
「これでもアタシたちヴァルキリーはもっとも美しい人類と評判で、美人をヴァルキリー系女子って言うぐらいなんだから」
「なら、嫁の貰い手は引く手あまただろうな」
「そうね。けど、アタシたちは戦闘民族で自分より強い男にしか興味ないし、女しかいないから結婚感も他の国とは違うの。子供を作るために子種だけもらってシングルマザーになるほうが普通かしら。ヴァルキリー同士でカップルになって子供が欲しくなったら外国の強い戦士に子供を宿してもらう人も多いわね」
――それで国内に男がほとんどいないのか。
シミュレーションゲームスキルで人口比を確認すると、男は全人口の1パーセントもいなかった。
結婚して夫婦になって家族になる人が、それぐらい少ないということだ。
「これはあくまで予想だけど、ヴァルキリー国を美女奴隷の産地にして他国に売りつける、なんてことも考えられるな」
「ッ、何よそれ。そんなことのために……」
アリスは悔し気に歯を食いしばり、拳を固めた。
他のヴァルキリーたちも、小声で帝国を罵り始めた。
――あるいは、不老の秘密を暴くために人体実験をするためとか。
「……ごめんなさいハルト。話の途中だったわね。そうして帝国はアタシたちヴァルキリーを人類連合から追放して宣戦布告。すぐに大軍を差し向けてきたわ。ヴァルキリー兵は十人力なんて言われているけど、帝国の人口は一億人。兵力が違うわ」
「他の国は?」
「帝国寄りの中立といったところかしら。宣戦布告はしてこないけど、一切の救援をしないことを宣言したわ。経済封鎖も時間の問題かもしれないわ」
「つまり、まだ、貿易はしているんだな?」
「ええ……?」
俺の含み笑いに、アリスはきょとんと頷いた。
「なら簡単だ。帝国を諦めさせるぐらい強くなればいい。アリス、戦争を終わらせる方法を知っているか?」
「そんなの、相手を倒せばいいんじゃないの?」
「それは戦闘に勝つ方法だ。終わらせるだけでいいなら相手に旨味がないと思わせることだ。戦争に勝って得るものよりも損害の方が多いってな」
「どういうこと?」
「こちらからは攻めない。徹底的に防衛線を張って帝国に戦果を挙げさせずに徒労感を溜めさせる。並行してこの国を強くしていって攻め滅ぼすには万の犠牲が必要だと思わせればいい」
地球でも、日本がそうだった。
ほぼ全てのアジア国家が欧米列強の植民地になる中で、何故日本だけが侵略されなかった。
理由は武士だ。
日本の人口における戦闘員割合が異常で、農民たちも徴兵すれば即戦闘員に代わる。そんな超異常軍事国家を武力で侵略してもコスパが悪いと欧米列強は諦めた。
13世紀にも、世界征服目前まで迫った世界最強のモンゴル軍が日本へ侵略しに二度も来たが、鎌倉武士団の猛攻に遭ってコスパが悪いと判断して三度目の侵略を諦めた。
「ただし、農業改革も工業改革も時間がかかる。すでにあるものを持ってこよう」
「どこから持ってくるのよ。言っておくけどこの時期はハルイナゴの大軍に春野菜の半分は食べられちゃうのよ」
「そりゃあいい。知ってるか? イナゴって食べられるんだぜ?」
「へ?」
アリスがぽかんと口を開けると、俺は地図を指さした。
「災害通知だと、ここに蝗害が発生しているらしい。行ってみようか」
「いや行ってみるってそこは馬でも数日は――」
彼女の手を握ると、俺は画面のポート機能を発動させた。
途端に、テレビのチャンネルを変えるように視界が切り替わった。
春のあたたかな風が頬を撫でるそこは、一面のアスパラガス畑だった。
目を丸くしているアリスの背後、遥か空の彼方は黒い霧に覆われていた。
けれど、その霧は妙だった。
風で流されていたとしても、流れが速すぎる。
「なに、なにこれ!? 城の外!?」
「本物を見るのは初めてだけど、壮観だな。あれが蝗害、イナゴの大軍か」
「え? えぇええええええ!?」
振り返ったアリスが素っ頓狂な声で体を跳ね上げた。
そう、俺が黒い霧だと思っていたのは全てイナゴという黒いバッタの大軍だった。
「姫様!? なぜこのようなところに、それにその男は?」
声をかけてきたのは、たいまつを手にした作業着姿の女性だった。おそらく、ヴァルキリー国の農民だろう。
「いえ、今はそのようなことよりも、間もなくイナゴたちを追い払うために煙幕を張るのでお逃げ下さい」
「いや、その必要はない。イナゴは全部俺のストレージに入れるから」
「? ど、どういう意味で?」
女性は首を猫背にして頭上に疑問符を浮かべた。
「百聞は一見に如かずだ。ストレージオープン。サイズは高さ一キロ、横幅は左右20キロずつ。対象はイナゴに限定」
俺の一言で、俺の背後に虹色の画面が開いた。
「じゃ、行って来る」
俺が走り出すと、虹色の画面はアリスをすり抜け俺の背後についてきた。
両腕で顔を守りながら俺が畑をジョギングすると、やがて迫ったイナゴの大軍と接触した。
無数のイナゴが身体にばしばし当たってちょっと痛いけど、我慢できる範囲だった。
そしてすれ違ったイナゴは例外なく虹色の画面に突撃して消失。いや、俺のストレージと呼ばれる異空間へと収納されていく。
シミュレーションスキル
ストレージスキル
異空間へ繋がるゲートを開き、物資を無限に収納しておける。
ゲートのサイズ、収納対象は任意に選べるがゲートは自身の周囲にしか開けない。
微生物、植物、虫を除く生物は収納できない。
――本当は俺の前面に開きたいんだけど、それだと視界が遮られて何かにぶつかりそうだしな。
あと、イナゴがゲートを避けても困るので、走りながら少しでも早く収納する。
ややって、気息奄々、俺が息を切らしてとぼとぼ歩くのが限界になってさらにしばらくすると、イナゴはもう大軍と呼べるような数ではなかった。
虹色の光に誘われているのか、俺が立ち止まってもぱらぱらとゲートの中に突っ込んでいくイナゴたちを見上げながら大きく息を吐きだした。
「はぁ~~、とりあえず、これで終わりかな」
「ちょっとハルト、イナゴはどこ行ったのよ?」
「うぉう!」
アリスに肩を叩かれて、今度は俺が驚く番だった。
「もう追いついてきたのかよ。俺的にはけっこう頑張って走ったんだけど?」
「え? 何か変?」
息を一つ汗一つ流さずに、アリスは首を傾げた。
「これが戦闘民族の力か……」
彼女たちの身体能力に感心しつつ、俺は操作画面を開いた。
「じゃあ城に戻るぞ。そんで、イナゴスナック食わしてやる」
「スナック?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます