第6話 混迷のアラル砦 *人間視点
【アラル砦 城門】
「第2補給小隊はまだ到着していないのか?」
リューグは城門前にいた兵士を捕まえて問いかける。
「砦側からも捜索隊を出しました。副長殿、もう少しお待ちください」
兵士の返答は芳しくない。
カリイ小隊長が率いた補給隊が全滅して以降、アラル砦に補給物資が到着したことはない。
フロントの町とアラル砦を繋ぐ補給路はもはや地獄の入口だ。
城門の外がにわかに騒がしくなる。
視線を向けると夕日を背に捜索隊の面々、そして重軽傷を負った10人ほどの兵士が現れた。
肩を貸され、足を引きずるようにして歩く姿は敗残兵そのもの。
物資を積んだ馬車はない。
またしても焼き払われたようだ。
「これで4度目だぞ!何が『守勢に徹して魔王軍を疲弊させる』だ!疲弊してるのはこっちじゃないか!」
リューグは吐き捨てるように叫ぶ。
ムレヤ隊長に押し切られ、守勢論に同意した過去の自分を殴り飛ばしてやりたかった。
あの時攻勢に出ていれば今日の窮状はなかったはずだ。
目の前で震えあがる門番をみてなんとか怒りを鎮める。
ここで叫んでもただの八つ当たりだ。
「すまない、冷静でなかった。到着した補給部隊の兵士たちの治療準備をしよう」
リューグは兵士に詫びると、包帯を手に取り、作業を始めた。
治療が終わったところで、伝令兵が駆けてきた。
「リューグ副長、ムレヤ大隊長閣下がお呼びです」
「わかった。すぐに行く」
ようやくあの無能も状況の深刻さを理解したのか。
リューグは足早に隊長室へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
【アラル砦 大隊長室】
大隊長室には怪しげな香水が焚かれ、やたら華美な装飾品が置かれている。
ムレヤ曰く英気を養っているらしいが、誰も信じていない。
兵士たちの間では
「リューグ副長、入室します!」
「入れ」
部屋に入ったリューグは強烈な香水の香りに思わず顔をしかめる。
「副長、補給隊の状況はどうだ?さっき到着したようだが」
幸か不幸かムレヤはリューグの表情に気づくことなく、話を切り出した。
リューグは治療中に聞き取った情報を報告する。
「本日到着した第2補給小隊も魔王軍の待ち伏せ攻撃を受けました。敵は竜人族の魔法部隊だったそうです。護衛についた25名の内、砦にたどり着けたものは僅か11名のみ。物資は魔王軍に焼き払われ、一袋も残っていません」
現状を伝えたリューグは続けて訴える。
「ムレヤ隊長、魔王軍は明らかに補給隊を狙っています。待ち伏せ部隊も黒騎士が率いる部隊だけでなく、人狼族による快速部隊、竜人族の魔法部隊など複数の存在が確認されています。補給隊に充分な護衛をつけられるよう、フロントの町に増援を頼むべきです」
「増援は呼ばない。この砦には既に500人以上の兵がいる。これ以上援軍を頼めば私の経歴に傷がつく」
リューグの切実な訴えに対し、ムレヤの考えは絶望的なほど保身的だった。
「ムレヤ隊長、我々指揮官は自身の評価よりも兵の命を大切に考えるべきです。すでに食糧の備蓄量は規定の半分以下に落ち込んでいます。このままではアラル砦の兵たちは魔王軍と戦わずして飢え死にです」
リューグはなんとかムレヤを説得しようと意見する。
「私とてそのぐらいのことは分かっている!だが、援軍は、援軍だけは嫌なのだ。私の能力が疑われてしまう…そうだ!リューグ副長、お前に二個中隊を預ける!ライン川を渡り魔王軍を攻撃せよ!我々は魔王軍の卑劣な襲撃に手を焼いているが、川の対岸を分捕ってしまえば解決するはずだ!」
ムレヤのとんでもない思い付きに、リューグは耳を疑った。
大隊長は状況が変わったことを全く理解していないのだ。
「大隊長殿、それは不可能です。我々に魔王領へ侵攻する軍を興す余裕はありません」
「お前はもともと攻勢に賛成していたではないか!なぜ今になって怖気づくのだ!」
ムレヤがいきり立って糾弾してくる。
だが、不可能なことは不可能だ。
補給の途切れた軍ほど脆いものはない。
無理な攻勢は残り少ない物資を浪費し、魔王軍を喜ばせるだけだろう。
「私は“ライン川の戦い”直後の攻勢には賛成でした。しかし、それは補給が途切れる以前の話です。今の状況での魔王領への侵攻は自殺と変わりません」
「やる気さえあれば魔王軍など敵ではないはずだ!」
ムレヤの苦し紛れに言い返す。
「大隊長の作戦で戦死した兵の遺族の前で、同じことがいえますか!? 大隊長閣下、精神論に走ればエルナーゼ王国軍は終わりです!どうかご再考ください!」
ムレヤの苦し紛れの反論がリューグの逆鱗に触れた。
リューグはなんとか冷静に話すつもりだったが、我慢しきれずムレヤを怒鳴り付けた。
その後、ムレヤからの反論はなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ムレヤの無謀な思い付きを止めることはできた。
しかしムレヤが本心から納得していないのは明らかで、援軍要請の提案に至っては完全に無視され、なかったことになってしまった。
「…大隊長は当てにならない。私がなんとかしなくては」
大隊長室を出たリューグは自室へと帰り、息つく間もなく羽ペンを取り出す。
数十分後、リューグの書状を足に括り付た伝書鳩がアラル砦を飛び立った。
この日、アラル砦守備隊隊長ムレヤと副長リューグの確執は決定的なものとなった。
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