第3話 魔王の覚悟

数十年前、魔物たちは久方ぶりの勝利に酔いしれていた。

彼らに勝利をもたらしたのは、たった一人の男。


彼の魔力は圧倒的で、魔物を統べる者、魔王と呼ばれるようになった。


魔王は向かってくる人間たちを次々と魔法で薙ぎ払う。

人間が生み出した戦術・戦略、優れた補給システム、それらすべてが魔王の前では無意味だった。


人間たちは彼を討伐するべく幾度も戦いを挑むが連戦連敗。

最後には万を超える軍勢で魔王に決戦を挑むも、開戦と同時に暗黒魔法を叩き込まれ5000以上の兵を失って敗北。

人類は魔王軍によって大陸中央部から追い出された。


魔王の圧倒的な武力を思い知った人間たちは戦いを諦め、停戦を提案。


大陸中央ミドレの地で史上初めての魔族と人間による講和会議が行われる。

はずだった。




◇◇◇◇◇◇◇◇

「講和会議は人間どもの罠だったのだ。おびき寄せられた我は大量の拘束魔法とともに『魔圧の呪い』を受けた」


「魔圧の呪い?」

俺は首をかしげた。

聞いたことがない。


「『魔圧の呪い』を受けた者は、体内の魔力濃度が周辺の空気より高ければ、大量の魔力が抜け出し全身が崩れていく。逆に周辺の空気よりも体内の魔力濃度が低ければ、大量の魔力が流入して体が破裂してしまう。強力な呪いだ」

怪訝な表情をした俺に、ズメイが説明する。


どうやら地球で入浴した際に起きる『浸透圧』に近い原理のようだ。

しかし、『魔圧の呪い』は魔力が高くても低くても、命の危険がある。

恐ろしい呪いだ。


「我は体内の魔力が大きい。呪いによって全身から魔力が抜け出し、身体が崩れてしまうのだ。我の目が醜く飛び出ているのもそのせいだ」

再び魔王が話を引き継ぐ。

大広間に響く魔王の声はひどく平坦だった。


「我は今、この城の空気の魔力濃度を、我が体内と同じに保つことで生き長らえている。魔王城の外では生きられないのだ。タカアキ、このことは口外しないでもらいたい。我は兵たちを動揺させたくない」

魔王は終始冷静に話し続けた。



ズメイは魔王の力を出し惜しんでいたわけではない。

本当に魔王は城の外に出られないのだ。


魔王に第3遊撃隊を任せることは不可能だろう。



「すまない、タカアキ。お前を召喚しておいて我はこのざまだ。役に立たない王で申し訳ない」

俺が愕然としていると、魔王が頭を下げようとする。


それを見たズメイが必死の形相で叫んだ。

「魔王様、謝罪される必要はありません!私が魔王様の分も働きます!タカアキ、私の隊が補給部隊襲撃を3回に2回の割合で担当する!!それでどうだ?」


「ダメだ。3交代制のうち2つの交代を担当すれば、ズメイ隊の負担が大きくなりすぎる。ズメイ自身はなんとかなっても、部下の体力が持たない」


ズメイのやる気と魔王への忠誠心は立派だ。

だが、気合いだけで戦はできない。

疲労がたまれば作戦の成功率は下がる。

現実は無情だ。



「ズメイ、足手まといの我が言うのもおこがましいかもしれぬ。だが、我にできることならば全力で協力する。無茶はしないでくれ」

俺が考え込んでいると、魔王は懇願するようにズメイを諭した。


思えば俺が召喚されたばかりの時の砦攻めでも、捕虜となった魔物たちを心配していた。

案外部下思いのようだ。



遊撃隊の3交代制は崩せない。

しかし、魔王を城の外に出すわけにはいかない。


多くの魔物たちは砦の戦いで受けた傷を癒しているところだ。

今新たに出せる部隊は少ない。


俺は意を決して質問する。

「魔王城の中ならば、魔王様は存分に力を振るえるのでしょうか?」

「ああ、城の中なら我は戦えるぞ。外では無能だがな」

魔王は少し諦めたような調子で答えた。


欲しい情報は得られた。

これならば、まだやりようはある。


俺は一度深呼吸をすると、魔王を見つめて提案した。

「魔王様、魔王城の警備部隊を第3遊撃隊に当てましょう。指揮官にはこれから全力で戦略についての知識を叩き込みます」


この提案はほとんど賭けだった。

魔王にとっては魔王城が生命線。

その警備を引き抜くのだ。

魔王の護衛を0にしろというのと変わらない。

下手をすれば、処刑されてもおかしくない。



「バカな、それでは誰が魔王様をお守りするのだ!」

案の定ズメイが激昂した。


「魔王様は城の中でならかつて人間を圧倒した力を振るえる。それならば魔王城警備兵はただの遊兵だ!遊撃隊に回した方がいい!」


「貴様、それでも魔王様の配下か!」

鬼の形相となったズメイが俺につかみかかる。


次の瞬間、俺とズメイは仲良く大量の水を被った。

「双方、落ち着け。以前も伝えたが、我の前で同士討ちは許さん」

またしても魔王が、俺たちの頭を物理的に冷やしたようだ。


そして魔王は軽く頷くと、こともなげに俺の提案を了承した。

「すぐに我が城の警備部隊指揮官をここに呼ぶとしよう。我は魔王軍のためになるならば、我が城を丸裸にしても構わぬ」

魔王の目に、魔族の王としての覚悟が映っていた。




◇◇◇◇◇◇◇◇


大広間の扉が開いた。

魔王の使いが出発してからほとんど時間が経っていない。

魔王城警備隊の指揮官は高い身体能力を持っているようだ。

戦術に対する理解も深いといいが…


そう考えた俺の耳に、聞き覚えのある声が響く。

「我こそは人狼族最強の男、ガルフ!魔王様、ご命令を!」


現れた警備隊指揮官はかつて俺と決闘した力の信奉者、ガルフだった。

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