第8話 エルナーゼ王国軍の脅威

俺は魔王城の大広間に呼び出され、遊撃隊の戦果を報告するよう命じられた。



大広間に入るのはこれで3度目だ。

1度目は召喚されてわけもわからず。

2度目は敗戦の報告だった。

3度目にして初めて勝利の報告が出来る。


「魔王軍遊撃隊は魔王城出発後、ライン川でエルナーゼ王国軍の監視部隊を殲滅。その後、補給部隊を襲撃し、これも壊滅させました。遊撃隊も数名の負傷者を出しましたが、みな軽傷です」

魔王とズメイは俺の報告の間ニコニコしどうしだ。


「さらに補給部隊を襲撃した際に20名の捕虜を得ています。作戦は成功とみていいでしょう」

俺が報告を締めくくると、魔王は頷き、ズメイはガッツポーズをしている。

これまで魔王軍は敗北続きだった。それだけに喜びも格別なのだろう。



「捕虜たちからは確か情報を得るという話だったが、本当に奴らは偽らず、我々の利益になることを話すのか?」


「敵の持つ情報や考え方に触れることは戦争に勝つために必須です。また、尋問は全員にすると伝えてあります。彼らのうち何人かが嘘をついても、食い違いが起き彼らの立場を悪くするだけです」


既に捕虜たちは魔王城内で複数のグループに分けて、管理している。

口裏合わせはできない。

現代日本を知る俺にとってこれらの捕虜の扱いは不本意だった。


本来なら捕虜の人権は最大限尊重されるべきだ。


だが捕虜の尋問に偽情報を話されても困るし、何よりも魔王軍は人間を憎んでいる。

捕虜の安全のためにも厳重な管理が必要だった。



「そうか、では早速人間の指揮官の話を聞いて見ようと思う。カリイ・ファイスを呼べ」


呼び出されたカリイは魔王の圧倒的な魔力に震えながらも、毅然とした態度で魔王と視線を合わせる。


「私がエルナーゼ王国軍、輜重部隊第3小隊隊長カリイ・ファイスだ。部下の命が保障されるならば、私が持つ魔王軍との戦争“東征”についての情報を話そう」

魔王を前にしても彼はひるんでいなかった。

立派な指揮官だ。


「我自らが魔王の名において貴様と貴様の配下の命を保障しよう。我にエルナーゼ王国軍から見た我らとの戦争について伝えよ」

魔王はそう告げると深く座り直した。


俺たち魔王軍はようやく敵であるエルナーゼ王国の情報を知ることになる。


◇◇◇◇◇◇◇◇


エルナーゼ王国は大陸の最も東に位置した人間国家だ。

王国には100万を超える民が住まい、増加した人口はさらなる領土・資源を求めた。

4年前、時の国王エルナ3世は魔王領侵攻を決意。

彼の唱えた言葉は単純明快だった。

「敵を討ち取った者には褒美を与える!兵士たちよ、東を目指せ!!」



エルナーゼ王国軍は計算された補給、負傷兵の治療、など後方支援の観点で何もかも魔王軍を上回っていたが、とくに優れていたのはその徴兵システムだ。

エルナーゼ王国の若者は18才になると、一部の者を除きほぼ全員が2年間の兵役につく、これによってエルナーゼ王国軍は毎年1万人近い新兵を得ることができる。


群れごとにバラバラに戦士を集めているだけで兵力の補充を考えない魔王軍とは雲泥の差だ。


エルナーゼ王国軍は豊富な兵力を活かして、多方面から魔王領に侵攻。

初戦の小競り合いで連戦連勝。魔王軍の支配領域を大きく削り取った。



魔王軍も座して敗北に甘んじていたわけではなく、2年前一発逆転を目指して軍を起こした。送り出した魔物の数はなんと約5000。

今の魔王軍では考えられない大軍だ。


出発から2週間後、魔王軍はアラルの森を進んでいたエルナーゼ王国軍兵1500人と激突。

“東征”始まって以来の激しい戦闘が予想された。



◇◇◇◇◇◇◇◇

大広間にはカリイの声が朗々と響いていた。


「ここから先はあなたたち魔王軍の方が詳しいだろう。我々は勝ち、魔王軍は5000のうちほとんどを失って敗れた。我々の犠牲は50程度だ」


「バカな!貴様らの犠牲が50程度であるはずがない!当時の戦士たちが500以上の人間を討ち取ったと報告している!」

ほとんどうめくような声でズメイが叫んだ。


「戦果の誤認は戦場ではつきものだ。精査しないなら過大に報告されていても不思議ではないだろう」

カリイは至って冷静な声で返している。

おそらくカリイの言葉は正しい。


俺がいた日本でも、かつて追い詰められた時には同じことが起こっていた。

劣勢の軍隊が戦果を過大に見積もることはよくあることだ。

そうしなければ指揮官の心を守れないのだ。


俺はなおも言いつのろうとしているズメイに声をかける。


「ここでカリイを責めても仕方がない。現実として、エルナーゼ王国軍は俺たち魔王軍を大陸最東端に追い詰め、今も勝利を謳歌している」


「だが、それでは戦った戦士たちは何のために…くそ!」

それだけ言うとズメイはうつむいてしまった。


「俺と戦った時に使っていた短槍術というのはなんだ?魔力を使っていたが、魔法の一種なのか?何人程度が使えるんだ?」


沈黙が広がる中俺はカリイに質問を投げた。

あの時カリイが使った技は脅威だった。

多くの人間が使えるならまずいことになる。


黙っていても何も始まらない。

今はとにかく情報を引き出す!


「短槍術は武術の一種だ。短槍なら《三段突き》、剣なら《つばめ返し》といった具合に、武器の練度を一定以上に上げれば、武器に自らの魔力を乗せて扱うことができるようになる。聖王国の勇者様が開発した技術だ。我々が魔王軍の強力な魔物と戦う際に重宝している。実力者はみな使える。よって使える人数は数え切れないが…1000は下らないだろう」


カリイはなんでもないように答えた。


魔王軍に武術を使うものはいない。

魔物たちは身体能力では人間に勝っていたが、実力者には通用しないのではないか。


俺が愕然とする中、魔王の声が響く。


「確かにお前たち人間の軍隊は我らに比べて優れているのだろう。だが種が分かれば我ら魔王軍も同じようにやる。部下の命が掛かっているとはいえ、なぜこれだけエルナーゼ王国軍の情報を隠さずに話すのだ?人間の国家に対しての忠誠心が貴様にはないのか?」



魔王の疑問に返された答えは恐ろしいほど残酷だった。

「私は人間の力を信じている。我らが鍛え上げた軍の戦術、武術などの技術は一朝一夕で追いつけるものではない。今話していない中にも、魔法石・ポーションなど優れた技術が王国軍にはある。今からお前たちがまねようとしても、王国軍が魔王城を落とす方が早いだろう」



◇◇◇◇◇◇◇◇

カリイが退出した後、大広間にはまるでお通夜のような沈黙が広がっていた。

情報を得ただけに現状が認識できる。

敵は強大だ。


だが、絶望するにはまだ早い。

だからあえて、俺は明るく声を張り上げた。

「勘違いするな!俺たちは敵についての情報を得た!!戦いは情報戦から始まっている!一歩前進だ!ズメイ、俺が遊撃戦に出ていた間の、魔王軍改革の進行状況を教えてくれ」


まだ、魔王軍にも希望はある。




◇◇◇◇◇◇◇◇

第3章 富国強兵編に続きます。

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