第7話 魔王との会談

魔王のいる大広間は派手な飾りつけはないが、荘厳な雰囲気を纏っていた。


大広間で最初に口を開いたのはやはり魔王だった。


「黒騎士よ。砦の戦いについての報告をせよ」


軍隊にとって報告は大切だ。

特に敗北した後は。

苦しくとも事実に基づいた情報を伝えなくてはならない。地球の歴史もそれを証明していた。


「はい。我々魔王軍は二日前、砦に突撃しました。しかし砦の防御を破れず大きな損害をうけて撤退」

「その後人間の追撃を防ぐため、別働隊を編成し、本隊と二手に分かれました。この策は成功し、追撃による被害は小さくなっています」


そこまで話した時、大広間に怒声が響いた。

「黒騎士、貴様、魔王様のご期待に背き、砦の攻略に失敗してよく帰ってこられたな!」


声の主はローブを着た赤い魔物だった。

いきなりの非難だ。


あっけにとられていると彼は言い足りないとばかりに言葉を続けた。

「貴様がここまで腰抜けだとは思わなかった!失望したぞ」


驚いた。まさかここまで言われるとは。


「腰抜け、とはどういう意味でしょうか?」


問い返すと赤い魔物はいきり立った。

「とぼけるな!貴様ら魔王軍別働隊とやらが砦に突撃しなかったことは分かっているのだ。貴様らが加勢していれば砦を奪えていたはずだ!」


それが出来ればやっている。


「お言葉ですが、我々が到着した時には既に突撃した魔物の多くは討ち取られ、大勢は決していました。突撃したところで全滅、無駄死にです」


俺は出来るだけ冷静に言葉を返す。報告が感情的になることは避けたいからだ。

だがそんな考えは彼の次の言葉で吹き飛んだ。



「始めから全滅なんて考えているから砦を落とせないんだ!戦いはやってみなければ分からん、やる気があればどうとでもなる!」


やる気があれば、だと…?


ボロボロになりながら圧倒的な数の人間と戦い、今も手当てを受けているゴブリンたちの姿が脳裏に浮かんだ。


「ふざけるな!レーナもゴブリンたちも、魔王軍別働隊は最後まで戦場に残って戦っていた!やる気がなかった奴なんて一人もいない!とんでもない侮辱だ!」


俺は怒りのあまり思わず腰に差した剣に手がかかった。

前を見ると赤い魔物の周りの空気が揺らいでいた。


女神と契約して魔法に触れたからこそ分かる。奴は今魔力を練り上げている。


正に一触即発のにらみ合い。



だが次の瞬間、俺と赤い魔物は仲良く大量の水を被った。


「双方、落ち着け。我の前での同士討ちは許さん」

どうやら魔王が俺たちの頭を物理的に冷やしたらしい。

斬新な仲裁方法だった。




俺たちが構えを解くと魔王は赤い魔物へと語りかける。

「ズメイ、先に川を渡って帰ってきたガルフの報告でも黒騎士たちは奮戦していたと聞いたはずだ。それに、今我は黒騎士の報告を聞いている。口を慎め」


赤い魔物はズメイというらしい。

悔しそうなうめき声を上げるズメイ。ローブの袖を握りしめている。


魔王はそんなズメイを一瞥すると今度はこちらに話し出した。

その表情はとても真剣なものだ。


「すまなかった。魔王軍ではとにかく突撃して敵を倒すことが好まれるのだ。我もお前の率いた魔王軍別働隊の働きを聞くまでは、そう考える一人だった。だが、今回のお前たちの活躍で、戦いはただ突っ込めばいいというものではないことが分かった」



「黒騎士、いやタカアキよ。正直に答えて欲しい。魔王軍が人間に勝つためにはどうすればいい?今回の撤退戦のように別働隊を作ればいいのか?」



魔王が軍の戦い方に興味を持っている。

このチャンスを逃す手はない。


「魔王様、そう単純な話ではありません。軍を二つに分けることはリスクも大きいです」


撤退戦ではうまくいったが、別働隊の運用は、やり方を間違えれば各個撃破される可能性もある危険なものだ。それに魔王軍が改善すべきことは小手先の戦い方ではない。


「私は戦いに勝つためには、最低限でも【敵についての確実な情報】、【十分な兵力と補給】、【合理的な戦術・戦略】が必要だと考えています。これらを実行できる組織に魔王軍を改革すべきです!」

俺は胸を張って宣言する。これが出来なければ魔王軍に先はない。



「具体的にはどうするのだ?」

魔王は興味深々という様子で身を乗り出している。


「改革のためにやるべきことはたくさんあります。しかし簡単に言えば、直接敵と戦う戦闘部隊とは別に、彼らの戦いをサポートするための非戦闘部隊を作るということです」



すると魔王は笑顔を浮かべ、頷いた。

「なるほど。我らに足りなかったのは戦士ではないということか。タカアキ、お前の策は今までにない試みだ。試してみる価値はあるだろう」



ここまで話したところで再びズメイが会話に入ってくる。

「魔王様がこうおっしゃるのなら私も賛成してもいい。しかし、そんなにすぐ、貴様のいう改革ができるのか。我々が改革している間、人間たちが黙って見ているとは思えぬが」



先ほどの罵倒とは違い、真っ当な疑問だった。

魔王軍が進化しようとする間、人間が魔王軍を放っておくことは当然あり得ないだろう。


「ええ、その通りだと思います。だから、一部の魔物で人間たちの活動を妨害する遊撃戦を行います」



ズメイは怪訝な表情になっている。遊撃という言葉に聞き覚えがないのかもしれない。

「その遊撃部隊とやらは誰が率いるというのだ?」



「遊撃部隊は私が率います。もちろん魔王様により具体的な改革案を話した後になりますが」


戦術と戦略について理解していなければ、遊撃で成果を上げることは難しい。

これまで遠征軍の指揮官すらいなかった魔王軍には荷が重い。

俺がやるしかない。


俺は決意を込めて魔王とズメイを見た。


「ズメイよ、まだ疑問はあるか?」

俺の目を見た魔王が、ズメイに笑いかけながら問いかける。


「いえ、異論はありません。魔王様の御心のままに」


こうして俺は魔王とその腹心を説得することに成功した。


達成感を感じると同時に大きな責任も感じる。

俺が提案した改革は、文字通り魔王軍の運命がかかっているのだ。


信じてくれた仲間、そして俺自身のささやかなミリオタとしてのプライドのためにも、必ず成功させてみせる。

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