第8話 ビーチの熱闘
「誰かビーチフットボールをやったことがあるのか」
榊の問いに皆無言で首を振る。
「要は、相手を全員倒してボールを奪えばいいのだろう」
「お前は一体何の話をしているんだ」
曹瑛は真顔だ。冗談を言っているようには見えない。榊は思わず首を傾げて聞き返す。
ビーチに作られた即席のコートに立つ。長さ約50メートルの長方形のコートの両端にゴールゾーンがある。ビーチに設えることを考えてか、至ってシンプルな設計だ。
「相手チームのゴールへボールを持ち込めば3点だ。パスは自分より後ろにいる奴にしかできない。だが、五回の攻撃のうち、一回はショルダースローのフロントパスが可能だ。タッチ五回で攻守交代だ」
坊主頭の説明を伊織は真剣に聞いている。高谷は野獣相手の試合の頭数に入れられたことがショックで、深い溜息を連発していた。
「ここにはレッドカードを出すレフェリーがいないがな」
金髪ウルフカットが唇を歪める。トライバルタトゥーの男は拳をゴキゴキと鳴らして威嚇している。
「楽しくやろうぜ」
絶対にそんなことを思っていないブレイズヘアが歯茎を剥き出しにして壮絶な笑みを浮かべる。
「お前らどう見ても初心者だ、先攻をくれてやるよ」
茶髪をひとつ括りにした鼻ピアスがボールを孫景に投げて寄越す。
「スポーツマンシップがあるじゃないか」
孫景はボールをキャッチしておどけてみせる。背後の榊にボールをパスして試合が始まった。榊は相手ゴール目指して走り出す。
「させるかよ」
ウルフカットが榊に併走しながら貼り付く。榊の脇腹を狙い、肘鉄を繰り出した。榊が咄嗟に体幹を捻り、攻撃は掠っただけに終わる。
ブレイズヘアが前に回り込み、ラリアットを放つ。榊はそれをしゃがんで避けながら背後の伊織にパスを出す。
「え、俺っ」
まさかパスがまわってくるとは思わなかった伊織はボールを掴み損ねる。砂の上に転がったボールを奪おうと鼻ピアスが駆けてくる。
咄嗟にボールに飛びつくと、鼻ピアスが恐ろしい剣幕で飛びかかってきた。立ち上がろうとした伊織の頭突きが鼻ピアスにヒットする。
「ギャッ」
鼻ピアスは顎を押さえてよろめく。伊織はボールを落とさないよう胸にしっかりと抱き、悶絶する鼻ピアスの横をすり抜けてダッシュする。
「てめぇ、やりやがったな」
仲間が負傷したことに腹を立てたタトゥーが全力で伊織を追う。
「不可抗力だから仕方ないよ、ごめん」
伊織は叫びながらジグザグに走る。タトゥーが伊織に掴みかかろうとするが、伊織のトリッキーな動きに手は宙を泳ぐ。
前方に回り込んだウルフカットがタックルで迫ってくる。
「タックル禁止じゃないの」
伊織は慌てて止まろうとして砂に足を取られ、派手に転んだ。仰向けの伊織の腹の上にウルフカットがのしかかり、伊織はその衝撃でボールを手放す。ボールは白い砂の上を転がり、
高谷の足元で止まった。
「ええっ」
乱闘に巻き込まれないよう気配を消していた高谷は驚いて飛びのく。ボールを持つことは奴らの標的になるということだ。
「結紀、チャンスだ」
榊が叫ぶ。鼻ピアスとタトゥーがひ弱な高谷を見てチャンスとばかりに向かってくる。高谷はボールを拾い上げ、必死で走り出す。巨漢のブレイズヘアが高谷に掴みかかろうとする。明らかに暴力行為だ。榊は足元の白砂を掬い上げ、ブレイズヘアの顔面にまき散らした。
「うがっ」
目くらましを食らい、ブレイズヘアは唸りながら目を擦る。
「イエローカードだが、これで相殺だ」
榊は掌の砂をはたく。高谷は大きく迂回してセンターラインを越えた。
「おっと、行き止まりだぜ」
ウルフカットが腕を広げて高谷の行く手を塞ぐ。意地の悪い笑みを浮かべて高谷が焦る様子を楽しんでいる。
「くそっ、取られてたまるかっ」
こうなれば意地だ。高谷はボールを両手で握り締め、右へ左へ反復横跳びをしながらすり抜ける隙を覗う。
「すばしこい奴だ」
業を煮やしたウルフカットが高谷の腕を掴み、捻り上げる。
「くそっ、離せ」
「ボールを寄越しな」
高谷とウルフカットは揉み合いになる。ウルフカットは抵抗する高谷に苛立ち、拳を振りかぶる。
「そんなに欲しいならくれてやる」
大ぶりのモーションに隙を見せたウルフカットの顔面に楕円形のボールを思い切り投げつけた。
「ふぎゃっ」
ウルフカットの顔面に至近距離から飛んだボールが勢い良くぶつかる。ボールがバウンドして宙を舞い、鼻が潰れて鮮血が吹き出した。
「このガキッ」
仲間がやられたことに腹を立てたタトゥーが、高谷に殴りかかる。
「ひえっ」
高谷は頭を抱えて身を守る。殴られる、と覚悟したが拳は飛んで来なかった。タトゥーが勢い良く砂の上に突っ伏した。頭の上を大きな影が横切る。
「曹瑛さん」
タトゥーを踏み台に、曹瑛がジャンプしてボールをキャッチした。軽やかに着地し、そのままゴール目指して走る。
華麗な動きに呆気に取られていた坊主頭が慌てて曹瑛を追う。しかし、その距離を縮めることは出来ず、曹瑛はあっさりとゴールラインを突破した。
「畜生」
「やられた」
輩たちは悪態をつく。自分たちが持ちかけた競技に自信があったのだろう、その悔しがり方は見苦しいものだ。ウルフカットは止まらない鼻血に涙目になっている。
曹瑛はボールを手にしてセンターラインに戻ってくる。
「さすがだね、瑛さん」
「ナイスファイトだ、曹瑛」
伊織と孫景が曹瑛を称える。
「やるじゃないか」
榊とすれ違う瞬間、曹瑛は口角を上げて笑みを漏らす。
「お前は俺に勝てない」
「何だと」
曹瑛の挑発に榊は殺気を漲らせる。すぐ傍に立つ鼻ピアスがその剣呑な雰囲気に怯えて三歩後退った。
「いいだろう、一ゴール三点。どちらが得点できるか勝負だ」
榊と曹瑛は睨み合う。
「なにをごちゃごちゃ言ってやがる、今度はこっちが攻撃だ。ボールを寄越せ」
不機嫌な顔で坊主頭がボールを奪い取る。輩たちも怒りを剥き出しにしている。
「その勝負、どう考えてもおかしいよ」
高谷は呆れてひとり呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます