2・辺境の田舎屋敷・2


 ――いただきます。


 田舎屋敷カントリーハウスの一階にある食堂で、複数の声がおなじ言葉を発した。


 やわらかい焼きたてのパンと、ちかくの森で捕れた猪肉を加工した培根ベーコン


 そして目玉焼きとドレッシングのかかったサラダが、各々おのおののワンプレートに盛りつけられている。


 ユタはパンの上にベーコンと目玉焼きをのせると、両端を持って、上のおかずをこぼさないように口へと運んだ。


「ジュルル」


 口の中で玉子の膜が破れると、中からとろりと半熟状態の黄身がこぼれたれる。


 それが培根ベーコンの塩味と絡みあい、パンの甘味とあいまっている。


「ところでユタよ」


 テーブルの上座で、ゆっくりとナイフとフォークで食事をしている男性がユタに声をかけた。


 この田舎屋敷カントリーハウスの主であるとともに、森と王都とをへだてた場所にある領地を治めるククル辺境伯である。


 齢三十六であるにもかからわず、黒のオールバックにはところどころ白髪が目立っている。


 恰幅がよくととのった顔立ちで、いいかたをかえれば筋骨隆々が窮屈そうに貴族の服を着ているよう。


「なんでしょうか? 父上」


 ユタは口の中のものをのみこみ、姿勢をただす。


「いや食事をしながらでも良い。――して、今朝はどのような稽古をしておったのだ?」


「まず正拳突きから始めて上下段突きを各一千回ずつ。次に蹴りをこちらも上中下段と一千回。裏拳や回し蹴りなども含めてざっと一万回はしていたと思います」


 ユタは指折り数えながら言う。


「それはさぞ大変であったな」


 ククルはしごく当たり前のように説明する愛娘ユタに苦笑を浮うかべるが、ユタは歳の近い領地内の子供とくらべると低いほうだが、あの森のことを考えると、体力がないとはいえない。


「しかしムリは禁物だぞ」


「ノワールにもおなじことを云われたばかりです」


 ククルはすがめるようにして、ユタの足元で食事をしているノワールに目をやった。


「うむ、ノワールが見ておるのだから心配は無用だな」


「日々精進しております」


「――ところであなた」


 父娘の会話が終わったのを見計らって、すこしきらびやかな服装をまとった女性が声をかけた。


 女性――アンナはククル辺境伯の正室であり、ユタの母親である。


 透きとおった金糸の長髪にととのった顔立ち、小柄ながらも出ているところはしっかりと出ているといった、ふくよかなからだつき。


「ユタもそろそろ五歳いつつになりますが」


「あっと……やはり話さないといけんか?」


 アッと口をひらき、ククルは妻を見すえる。


 その表情は、あまり話題にしたくないといった様子だった。


「えぇ、こちらとしても大事な話ではありますから」


「――話って?」


 キョトンとした顔でユタは両親を見わたすように小首をかしげる。


「いやな……ユタも来月には五歳となるのだが、王都から魔力検査をするようにという通達がきておるのだ」


 ユタは視線を落とし、ノワールを見る。


 どうして父親が嫌そうな顔をしているのかが気になったのだ。


「王都のしきたりとかなんとかで、五歳をむかえた子供は否応なしに王都からやってくる使者から魔力検査を受ける事になってるの」


 ノワールはあくびを出すように答える。


「それはなんとなくわかったけど、それでなにが困るわけ?」


「わからないかな――王都が自分たちの懐刀に魔力が高いと判断された子供を置いておくんだよ」


 ノワールはジッとククルやアンナを見てから、


「――最悪、つまらない戦争のどうぐとしてね」


 それこそつまらなそうに言った。


「なにそれ――すごくイヤなんだけど?」


 そもそも齢五つで親元を離されるのは、ごめんこうむりたいと、ユタは頬をふくらませた。


「ですがお嬢さま、魔力を持った国民を王都が管理することは法で定められております」


 主人――ククルの席のうしろで立っている初老の執事に、


「別に魔力を計ることがイヤってわけじゃないよ、ヤールー」


 ユタはちいさく苦笑をうかべるように言いかえす。


「ただ王都だけが強いカードを持っているからといって、実際他のところが被害にあったらその魔力を持った人を活用できるのかなって」


 ユタの言葉に、話を聞いていた全員が感心したような声をあげた。


「うむ……たしかにここは王都のなかでも危険といわれている魔の森にいちばん近い場所にあるからな」


「それに王都以外の場所では魔獣の被害が深刻です」


「それを防ぐために王都にある冒険者ギルドに依頼クエストを出してはおるが――」


「ままならないのが現状ですな」


 ククルと初老の執事――ヤールーの会話に耳をたてながら、


「そんなの全部姫が倒しちゃえばいいんじゃない?」


 食事を終えたノワールが、ヒョイッとユタの膝に跳びのり体をまるめる。


「ははは……そんなことできないって」


 苦笑をうかべながら、ユタはノワールのおさない体を優しく撫でた。


『――あながち冗談でもないんだけどなぁ』


 ノワールはユタの手のぬくもりとやわらかい感触をたのしみつつ、


『だってあそこ――この国で唯一踏破されていないダンジョンだもの』


 そんなところで毎日稽古をしていれば、いつ魔物が襲ってきてもおかしくはない。


 ユタを守護するようにとばれた使魔ノワールは、常に行動をともにしている。


 毎日朝稽古ができるということは、いいかえれば魔物が近付いてきていないことでもある。


 ユタは父親からの言いつけどおり、森のなかをすこしはいったひらけた場所でのみ自主稽古をしている。


 が、そんなことを魔物たちが知るわけもないし、きく耳もたず。


 それなのにユタを襲われていないのは、ノワールにではなく、ユタを警戒してのこと。


「まぁ姫は大丈夫だよ。ボクが見るかぎりそんなに魔力はないから」


「むぅ、そんなことをいうノワールは白魚しらうおの煮干あげないよ?」


 ユタは、それこそツンとそっぽを向くように言った。


 それを聞いて、ノワールは「えっ?」とおどろいた表情でユタの顔をのぞきこみ、


「それは困る。あれを食べるのが一日の楽しみなんだよ」


 と慌てふためいた。

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