第8話

   

 俺自身の高校を舞台にしたゲームだから、親近感やら感情移入やらが強すぎたのだろう。いくら「しょせん鈴木葵はゲームのキャラ」と自分に言い聞かせてもダメだった。「俺の育て方が悪くて死なせてしまった」という罪悪感が残り、とても後味が悪かった。

 こんなゲーム、もう封印してしまおうかとも思ったが……。

「ここでやめたら、むしろ『後味が悪い』が続きそうだ」

 ならば一人目の大谷直哉みたいに、育成を成功させて気分良くなってから、このゲームを卒業しよう。そう考えて、再チャレンジすることにした。


 二人目は女子で失敗したので、三人目は大谷直哉と同じく男子にする。

 ただし同じタイプの人間では面白くないので、スポーツ系の少年を選んでみた。制服の上からでも逞しい体つきがよくわかる、遠藤えんどう達人たつひとだ。

 親は武芸の達人を願って命名したのかもしれないが、俺は彼の坊主頭から高校球児を連想。「将来の夢」は「プロ野球選手」に設定した。

 リアルタイムと連動しているので、育成スタートは当然のように六月末からになったのだが……。


「えっ、何それ……」

 ゲームが始まってすぐに、俺は困惑の声を上げてしまう。

 高校一年の遠藤達人は、それまで剣道部に入っていたらしい。高校の部活というだけでなく、小さい頃から続けていたそうだ。

 それが突然「本当は、僕は野球選手になりたかったんだ!」と言い出して剣道部を退部。もうすぐ夏休みという六月末に、野球部に入部したのだった。


「そういう設定あるなら、最初に言ってくれよ……」

 不満の言葉が口から出てしまう。

 確かに「プロ野球選手」を目指すと決めたのは俺だし、育成コマンドで「運動(野球)」を多くしたのも俺だ。

 しかし、それは遠藤達人が剣道少年とは知らなかったからだ。知っていたら「将来の夢」は「剣道の師範」あたりにしていただろう。

 残念ながら「将来の夢」は途中で変更できないので、そのまま彼の成長を見守ると……。


 遠藤達人は、俺が入力した以上に「運動(野球)」「運動(筋トレ)」を頑張っていた。「休憩」コマンドは無視して、その分も体を動かすほどだった。

 おそらく「途中入部だから、人一倍の努力が必要」と考えたに違いない。しかし無理が祟って、彼の体はボロボロになっていく。

 高校二年の春を迎える頃には、疲労骨折が三箇所、右腕の靭帯損傷、左脚のアキレス腱断裂という有様だった。

 とうとうコマンド画面に『リセット』が表示されるようになり、俺はそこから目を背けていたのだが……。

 俺が『リセット』を選ばずとも、遠藤達人は勝手に自殺してしまう。鈴木葵と同様、五階の渡り廊下からの投身自殺だった。

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る