天井裏

真山おーすけ

天井裏

祖父が亡くなりアパートで一人暮らしだった祖母が、団地に引っ越すことになった。


築年数は古いけれど2Kという間取りは一人暮らしには十分な広さで、エレベーターもついているし、花が好きな祖母はベランダに花が飾れそうだと喜び、引っ越すことを楽しみにしていた。

祖母の引っ越しの日、私は片付けを手伝う為に団地に向かった。


駅から少し離れてはいるけど、駅前からバスは出ているし、近くには病院もスーパーがあって安心した。


団地は鉄筋コンクリートの10階建て。

外観の壁は塗り直されていて綺麗だけど、エレベーターは狭いうえに横揺れが恐ろしい。

祖母が住む部屋は、4階の413号室。

エレベーターを出ると、廊下の先で一部屋だけドアが開いているのが見えた。


そこが祖母の部屋なのだろう。

ちょうど作業が終わったのか、中から引越し屋らしき若い男性が3人ほど汗を拭いながら出てきた。

追って祖母が廊下に出てくると、引越し屋の男性にお辞儀をしているのが見えた。

私もその男性3人とすれ違い様に小さく会釈をした。

部屋の前にいた祖母が私に気が付くと、満面の笑みで手を振った。


「来てくれてありがとうね」


玄関を上がると廊下が奥まで続いていて、左には浴室のドアと右には和室の襖、奥は台所になっていて、台所の向かいは六畳ほどの居間になっていた。

部屋の中は思ったより古くはなかったし、壁も塗り直されて綺麗だったが、祖母と話しながら片付けをしていると、何となく息苦しくなったり誰かの気配を感じたりした。

見回しても、祖母と以外には誰もいない。

その事を祖母に言えば、余計な不安を与えると思い黙っていた。

何より、祖母は友達の事を楽しそうに話しているから。


そして、別れ際には『いつでも遊びに来てちょうだいね』と笑顔で私にお小遣いをくれた。

それから二ヵ月ぐらい経った頃、私は母に祖母について心配な事を知らされた。


ちょうど高校の部活やテストもあって、私はあれから祖母の家に行く事が出来ていない。

母が時々祖母に会いに行っていたが、行くたびに元気がなくなり心配していた。

祖母は母が子供の頃から、どんな時でも元気で明るい人だったから。

けれど、病院で検査をしても、祖母の体に異常は見られなかった。


私もその話を聞いて不安に思い、祖母の家に泊まりに行く事にした。

それから二ヵ月ぐらい経った頃、私は母に祖母について心配な事を知らされた。


ちょうど高校の部活やテストもあって、私はあれから祖母の家に行く事が出来ていない。

母が時々祖母に会いに行っていたが、行くたびに元気がなくなり心配していた。


祖母は母が子供の頃から、どんな時でも元気で明るい人だったから。

けれど、病院で検査をしても、祖母の体に異常は見られなかった。


私もその話を聞いて不安に思い、祖母の家に泊まりに行く事にした。

母の言う通り、祖母の様子はおかしかった。


祖母は部屋に戻るなりお気に入りのロッキングチェアに揺られながら、ぼんやりとタンスの方を見つめるだけだった。


「おばあちゃん、体調でも悪いの?」


そう尋ねると、祖母は私の方を見て「私は元気よ」と言ってまたタンスの方を見ながら、ゆらゆらと椅子を揺らした。

アパートにもあったタンスが、そんなにも気になるのだろうか。

私はただ首を傾げる事しか出来なかった。


それから、夕食の時間になり祖母の作る料理を食べたが、その味は変わらず美味しかった。


その後、祖母と少しだけ話をした後、私は祖母の隣に布団を敷いた。

布団に入ると祖母はすぐに寝てしまい、私もその後眠りについた。


ふと目を覚ますと、薄暗い天井と電笠が目に入った。

部屋はまだ暗く、枕元に置いたスマホを手で探る。

スマホの電源を押すと、眩しい光を放ちながら現在の時刻が表示される。


『02時04分』


スマホの明かりが消えると、私が目を覚ました理由がわかった。

隣では祖母が私に背を向けながら、ゆっくりとした呼吸で寝ている。

子供の頃なら、きっと祖母の体を揺すり起こして言うだろう。


「トイレに行きたい」と。

私は一人、布団から起き上がり部屋を出た。


トイレに続く廊下は薄暗くて、途中にある和室の襖が半開きになっている事に息を飲む。

廊下は足を踏み出すたびに、ギシリと小さな音を立てた。

半開きになった和室の中が気になるけれど、怖くて私は顔を背けながら通り過ぎ、そのままトイレに向かった。


電気のスイッチは、廊下・玄関・浴室・トイレの四つ。

試しにつけてみると、ドアの向こうが明るくなり隙間から光が漏れた。

ドアを開けると、そこは浴室になっている。

浴室は乾き、風呂蓋は完全に開いていた。

浴室に入ってすぐ右にもう一つドアがあり、それを開けたところがトイレになっている。

今度は、浴室の電気と引き換えにトイレをつけた。

浴室は電気が消えても、窓からの明かりでよく見えた。

トイレは電気がついて明るいというのに、床に敷かれたスノコや天井は黒く変色し、便器の後ろにある排水管の塗装は剥げ落ちて、不気味さを醸し出していた。

怖がりな私は、トイレのドアを閉める事が出来なかった。


そして、私はすぐに用を足し、トイレから出ようとした瞬間。


コツコツ

真上から何かの足音のようなものが聞こえ、私は驚いて心臓が飛び出そうになった。


見上げると、天井にはベニヤ板が2枚並んでいる。

音は気のせいかと思っていると、今度はカリカリカリと引っ掻く音が聞こえた。

天井裏にネズミでもいるのだろうか。


ネズミが落ちてきたらどうしよう。

私が不安に思っていると、追い打ちをかけるようにトイレの白熱電球がチカチカと点滅しはじめた。


嘘でしょ……。


電球が点滅する中、ズズズと何かを引きずるような音を立て、ゆっくりと前に移動していった。


いよいよトイレから逃げ出したくなった私は、トイレットペーパーを勢いよく回す。

ドンドンドン!!


突然、今度は天井の板を強く叩く音が聞こえた。

それは確実にネズミの仕業ではないことがわかる。


電球の点滅は早くなり、トイレの中に光と闇が頻繁に入れ替わる。

私は恐怖のあまり動く事が出来ず、開いていく天井から目を反らす事も出来なかった。


ズズズと音を立て、天井の板が開くと、その奥に真っ暗な壁が見える。


一体、何がいるというの。


不安な気持ちの中、電球の点滅が次第に穏やかになり、闇の時間も増えた。


そして、ズズズという音と共に現われたのは、指の爪は剥がれ落ち赤く爛れた人の手だった。

その手は、板の端を血が滲むほど強く掴んだ。

私の心臓が張り裂けそうなほど強く脈を打っていた。


次の瞬間、パチンと音を立てて電球が切れた。

トイレの中は、浴室の窓から漏れる明かりだけになった。


すると、開いた天井裏から黒くパーマのかかった髪を垂らしながら女が顔を出した。

ちょうど顔の上半分までを出し、私の事を恨めしそうに見下ろした。



私は絶叫に近い悲鳴を上げ、トイレから逃げ出した。

そして、祖母が寝ている居間に戻ると、さっきまで寝ていた祖母が布団の上で正座をしながらタンスに向かって手を合わせ、何故かお経を唱えていた。


「おばあちゃん、何してるの?」


呼びかけに反応しない祖母。


私が祖母の肩に手を触れると、ようやく気付いたのか私の方を見た。


夜な夜な聞こえる女の泣き喚く声に、祖母は悩まされていたらしい。

その声が、祖母には何故かタンスのある場所から聞こえるそうだ。


きっとトイレの天井裏にいた女と関係があるに違いないと思った。

翌日、私は勇気を出してトイレの天井裏を調べる事にした。

祖母に用意してもらった懐中電灯と脚立を持って。


トイレの電気はスイッチを入れても、やっぱり電気はつかなかった。

けれど、昼間という時間のおかげで、電気をつけなくても周りが見える明るさはあった。

私は脚立に上り、天井のベニヤ板を何度か叩いてみたが、何の物音もしなかった。


ベニヤ板を少し持ち上げると、そのまま奥に滑らせる事が出来た。


そこは天袋になっているようで、十分な高さと広さがあった。

奥は薄暗くてよく見えないが、排水管の手前に何かあるのが影でわかった。

懐中電灯を当てると、積み木のようなものがいくつも転がっていた。

私は脚立から足を踏み外さないように注意しながら、奥にある積み木に手を伸ばした。

そして、積み木の一つを手に取った瞬間、誰かに手首を掴まれ咄嗟に手を引っ込めた。

私の脳裏に、天井裏から覗く女の姿が過った。


恐る恐る天井裏に懐中電灯を照らしたが、積み木があるだけで他に何もなかった。

安堵したのも束の間、手に取ったそれは積み木ではなく割れた位牌の札板だった。

それも壊れたというよりも壊されたような、無残な形になっていた。

札板に戒名らしきものが書かれてはいたが、古いせいか文字は薄くてよく見えなかった。

ただ、何となく一番下に「女」という漢字だけは読めた。


どうしてこんなところに位牌なんて。

そう思いながら、私は残りの位牌の欠片をすべて取り出した。


台座もすべてバラバラで、元通りにするのは無理だと感じた。


祖母にバラバラになった位牌を見せると、可哀そうにと呟いて風呂敷の中に丁寧に包んだ。

そして、知り合いのお寺で供養してもらうと、祖母は言った。

誰が、どうして、あんなところに壊れた位牌を置いたのかわからないが、これであの天井裏の女の幽霊も成仏が出来て、祖母もきっとまた元気になるだろうと思った。



けれど、その二ヶ月後に祖母は亡くなった。

居間で亡くなっていた祖母は、タンスに向かって正座をしながら、体を前に倒し頭を床につけていた。


そして、拝むように両手を合わせ、目はカッと見開いたまま絶命していたという。

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天井裏 真山おーすけ @Mayama_O

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