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スナオちゃん。新ママが呼んだ。わたしは自分の部屋にいて、小野さんとメッセージのやり取りをしていた。
新ママは結婚以来パパとハジメ兄さんにべったりで、わたしの部屋を訪ねてきたことなんて一度もなかった。それが、一体どういう風の吹き回しだろう。
「この前、お客さん来てたよね」
お客さん? と一瞬首を傾げ、すぐに探偵さんと助手さんのことだと気付く。新ママとパパが出かけている時間を見計らったのに、なぜ知っているのだろう。
「男の人なんか連れ込んじゃ駄目よ。パパだって心配するよ」
「……女の人も一緒じゃったよ」
『ママが来た』とだけメッセージを送り、念の為通話モードにしてスマホを伏せる。小野さんも察してくれるだろう。
畳の上にぺたりと座るわたしを、新ママがじっと見下ろしている。背の高い女性だ。マリアママよりもっとすらっと上背がある。
「スナオちゃん。それ、捨てた方がいいって言ったよね」
「なんのこと」
マリアママのロザリオのことだ。今もわたしのデニムのポケットに押し込まれている。
「ねえスナオちゃん。スナオちゃんは、もう気付いてるんだよね」
新ママが畳を踏んで近付いてくる。ヤバい。立ち上がらなきゃ、と思うのに、新ママの真っ黒い沼みたいな目にじっと見詰められると動けない。助けて、と大声で叫べば小野さんに届くだろうか。どうしよう。どうしたら。
新ママの長い足がスマホを蹴った。勢い良く畳の上を滑ったわたしのスマホは、廊下に飛び出してしまった。
「スナオちゃんには、才能があるんだよ」
何。なんの話。やだ。怖い。新ママの両手がわたしの肩を掴む。すごい力だ。せめて目を逸らしたいけど、なぜだかそれも叶わない。新ママの目に吸い込まれてしまいそうだ。
「分かってるんでしょ。アレはハジメくんじゃないって」
分かってる。分かってるよ。あんなのハジメ兄さんじゃない。それなのにパパも、町の人もみんな桧原ハジメが帰ってきた、蘇ったって、言う、から──
「スナオちゃんは、こんなところで燻ってる人材じゃないよ」
新ママは美人だ。マリアママより晶子おばさんよりずっとずっと綺麗だ。傾国の美女ってこういう人のことをいうんだと思う。でも今はただその美しさが怖い。やめてよ。触らないで。わたしに近付かないで。
「スナオちゃん。わたしね、パパと取引したの」
「とり……ひき……?」
「ハジメくんを返してあげるから、スナオちゃんをちょうだいって」
目の前が真っ暗になる。何それ、そんな、人身売買みたいな取引をしたの? 新ママとパパが? 嘘だ、と叫びたかった。でも声が出なかった。だってもうパパはわたしが知ってるパパじゃない。パパは新ママとハジメ兄さんのことしか考えてない。
誰もわたしを守ってくれない。
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