20××年、6月1日 03
とにかく、晴喜は全力で走る。
先ほどのカラオケ店は晴喜が暮らしていたマンションに近い。
息を切らし、限界を迎えながらもすぐさまマンションに到着し、玄関に入りそのままカギをかけてリビングまで一直線に向かい、抱き続けていた少年を近くにあるソファーに投げ飛ばした。
投げ飛ばされても、少年は表情を変えず無表情でなすがままの状態になってしまっている。
正座に座りなおしたのを確認した晴喜は、その場で力が抜けていったかのようにしゃがみこんだ。
あのような走りをしたのは久々だったせいなのか、晴喜は元々体力はない。
そのため、息切れが続いている。
何回か深呼吸をし、息を整えながら、正座した少年に視線を向けると、少年は無表情の顔で晴喜に向かって答える。
「あなたに、おあいしたかったです……ことぶき、はるきさん」
「……おい少年、俺は少年と何処かで会ったことはあるのか?」
「ありません。ですが、あなたのことは、しって、ます。あなたのなまえはことぶきはるきさん。いちねんまえに、さいごの『あかきばらのいちぞく』であり、しんそのきゅうけつき……ルル・ウィングよりちからをうけついだもと、にんげん……です、よね?」
「……」
少年がところどころつっかえるようにしながら答えているのだが、晴喜にとってそれは『真実』であり、知っているものはごく一部と言っていいだろう。
どうしてそのような内容を知っているのか、と言う疑問も抱いたが、問いかけたところで答えるかどうかはわからなかった。
ただ、静かに息を吐く事しかできない。
ルル・ウィング――寿晴喜を吸血鬼と言う存在にし、晴喜にとって最初で最後の友人であり、『親友』と呼べる存在。
優しくて、暖かくて、ずっとそばにいたいと願ってしまった、大切な人。
晴喜は静かに胸を抑えるようにしながら、唇を嚙みしめる。
それは、昨日の事だったかのように思い出される光景。
胸が熱くて。
それでも彼女は自分を生かすために――死んだ。
ちっぽけな人間の為に。
再度、晴喜は少年に視線を向ける。
「……それを知っているのは少ない。どうしてその事を知っているのか、どうして俺に会いたかったんか、教えてもらってもいいか?」
「……ぼくは、つくられた、そんざい」
「は?」
「しにそうに、なったから……そしたら、ルチさんがはるきさんにあいにいけ、といった」
「…………意味、わかんねぇな」
また、疑問の言葉が出てきたことにより、晴喜は頭を抱えてしまう。
そもそも昔から考える事が苦手な晴喜にとって、難しい事を考えるのが嫌いなのだ。
目の前の少年は人間のように見えるし、どう見ても作られた存在、のような姿には見えない。
もしかするとロボットかアンドロイドなのだろうかとも、漫画の世界のようなことを考えながら、晴喜は少年の胸に刻まれている黒い薔薇の紋様を見つめる。
吸血鬼の頂点に君臨するのが、真祖の吸血鬼。
純粋な、人間の血が混じっていない存在の事を言う。
吸血鬼にはそれぞれ、体のどこかの一部に薔薇の紋様のような痣が出来、眷属により色が違う。
同時に真祖の吸血鬼の薔薇の紋様は普通の吸血鬼より大きく刻まれている。
真祖の吸血鬼には六種類の薔薇の紋様を持つ一族が存在する。
青、黄、緑、紫、白、そして赤。
因みに赤の一族である吸血鬼の存在は今はすでに存在していない滅びた一族ともいわれている。
それが、真祖の吸血鬼、赤の一族のルル・ウィングであり、晴喜の友人だった人物だ。
そのルルの力を受け継いだのは、寿晴喜――何らかの方法で人間から真祖の吸血鬼になってしまった存在である。
この真実を知っているのは一部しか知らない。
世界では既に赤の一族は滅んでいると言われているからである。
ただ、晴喜は黒い薔薇の紋様の一族など知らないため、疑問に思う事しかできない。
「……聞いてもいいか、少年」
「はい?」
「お前は、吸血鬼か?」
「……はい、あなたと、おなじです」
「……」
少年は静かに頷き、口を大きく開け、牙があるように見せてきたので、少年に近づいた晴喜は口の中を確認する。
確かに牙のようなものはある。
この少年は、吸血鬼と言う存在なのだろうかと思いながら、手首に触れる。
微かに体温は冷たい。
「お前、何か食べたのか?」
「たべて、ないです……はしりっぱなし、で、あなたを、みつけるために……」
「お、おい、少年?」
様子がおかしいことに気づくと同時に、晴喜は少年に近づいたことを後悔した。
この状態だと、明らかに襲われるのは晴喜だったからである。
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